「おお、一年ぶりですな。旅のお坊様」
 神無月の初め頃、快庵が再びこの件の里に立ち寄ると、里の長が出迎えてくれた。
「いやあ、お坊様のおかげです。ここ一年、全く鬼は出てこなくなりました。鬼に怯えていたその前のあの一年が嘘のようです」
「一年でしたか」
 快庵は呟いた。長は「はい、一年ぶりでございます」と相槌を打った。快庵はあいまいに微笑んだ。
 あの寺の人食い僧の明けない永い夜は、たった一年のことであったのか。
 快庵は尋ねた。
「して、あの鬼は?」
 長は首を横に振った。
「存じません。生きているとは思えませぬが、恐ろしくて山に確かめに行ったものはおりませんので」

 翌日、快庵はまたあの山寺を目指していた。寺の荒れようは、昨年の比ではなかった。
 荻やススキが背丈まで生い茂り、道など見えたものではなかった。草木に置いた露はまるで時雨のように快庵に降り注いだ。
 寺の建物も朽ちて、何がどこにあるのかもよくわからない。それでも快庵は記憶を頼りにお堂のあったであろう場所を目指した。
「……こうげつてらししょうふうふく……」
 微かに声が聞こえた。その声の方に目を向けると、痩せ細った男が、草叢の中に座していた。髪と髭がぼうぼうに伸び、草叢に絡まっている。あの時の面影はみじんも感じられなかった。ただ、青い頭巾だけが、それが彼だということを伝えていた。
「えいやせいしょうなんのしょいぞ……」
 途切れ途切れにか細い声で男
は呟いている。
 快庵は男の側にゆき、杖を取り出した。
「作麼生!」
 頭を打つと、男の姿はたちまち消え失せた。
 あとには、青い頭巾が残るだけだった。