ーーどこだ。
 俺は暗闇の中で目を覚ました。
 ーーお前はどこだ。
 寝所の戸を開ける。鼻をひくつかせる。
 確か、今宵はここに生きた人肉があったはず。
 ーーお前の代わりの肉はどこだ。
 俺はお堂の中を駆けずりまわった。いない。 どこだ。どこだ。
 俺は庭に躍り出る。庭の中を駆けずり回っても、人肉はいない。
 また、俺を置いていくのか。
 俺は天の月に向けて手を伸ばした。

 あれはいつのことだったか。
 もう何十年も経っているように思える。
 俺はお前に出会った。出遭ってしまった。越の国でのことだった。
「まあ、美しい童だこと」
 里人がそう褒めそやすのを、俺は気分良く聞いていた。俺はお前を越の国から、俺の身の回りの世話をさせるために連れ帰ってきた。美しい少年を側に置くのは気分の良いものだ。 そう、最初はそれだけのつもりだった。
 
 俺は月の光を浴びながら庭に倒れ込んだ。
 いつからだろう。何かが狂い始めてしまったのは。
 
 俺は徐々にお前に夢中になっていった。そして修行をおろそかにするようになっていった。それもそのはずだ。俺にとって、お前を愛撫するより大切なことなどなかったから。
「院主さま」
 お前は俺をそう呼んだ。
「ご覧ください。月が綺麗ですよ」
 愛し合う合間に、お前はよく戸の隙間から見える月を指さしては微笑んでいた。そしてうっとりと目を閉じた。
「松に吹く風が心地よいですね」
 それなのに。
「これはどういうことだ……?」
 敷物に横たわるお前は息をしていなかった。枕元では医師が「手は尽くしたのですが」と涙を堪えていた。
 どういうことだ。
 俺は泣いている気がする。が、涙は出てこない。
 俺は叫んでいる気がする。が、声は全く出てこない。
「では、この子を焼いて埋めましょう」
 は? 焼く?
 何を言っているのだ。この医師は。
「あ、な、何を!」
 目の前に血しぶきが上がった。
 ああ、そうか。戯言を申す口を切ろうと思ったが、手が少し滑ってしまったようだ。
 俺は枕元に跪いた。
「なあ、お前」
 俺はお前に頬ずりをした。指を絡ませる。
「俺には、お前を愛でること以外、何もない」
 そうして数日が過ぎた。俺はお前を昼夜を問わず愛していたが、徐々に肉が腐り始めてきた。
「もったいないではないか。お前が消えてしまう」
 俺はお前の肉を食い、骨をしゃぶった。が、それすら終わると、もう何も残るものはなかった。
 お前はどこだ。
 口の中にお前の味が広がっていく。
 どこだ。
 山を下りて、誰の物とも知れぬ墓を暴いた。まだ新しい死体は、かすかにお前の味を感じさせてくれた。
 でも、違う。これは違う。
 何度もお前を求めて墓を暴き、それに飽き足らなくなってくると、里をゆく人々を襲った。
 違う。
 お前はどこだ。
 お前はどこに行ってしまったんだ。