後日、私たちは骨休めにウルホ湖のほとりへピクニックに出掛けた。
 パティは忙しいとのことで、私とケモ達だけのものだったけれど。

「アリス、受け取ってなの」
 コリンがきれいな花を差し出してくる。
「え、初めて見る花! すごくきれい。どこにあったの?」
「えへっ、ガガタリ山の山頂に咲いてたなの」
 待って?
「ガガタリ山ってどこ?」
「えぇとね」
 コリンははるか向こうにうっすらと見える山を指差す。
「あれなの! アリスに似合いそうなきれいな花が咲いているのが見えたから、摘んできたなの!」
「へー。いつ摘んできたの? 今とって来たみたいにみずみずしいね。コリンは保存が上手……」
「今取ってきたなの!」
「え」
「さっき見つけたから取って来たなの!」
 さっき見つけて取って来たそうだ。
(ちょっとの間姿が見えないなぁとは思ってたけど、一瞬であんな場所まで!?)

「んだよ、コリン。そんなん食えねぇじゃん!」
 ガサツな声が聞こえたかと思うと、目の前に巨大魚が落ちて来た。
「なにこれ!?」
 目測だが、1.5メートルはありそうだ。
 丸々と太り、ビチビチと跳ねている。
「ディーン、これ、どうしたの?」
「イカラシ川で捕って来た! アリスにやるよ」
「イカラシ川……」
 また聞いたことのない地名だ。
 魔獣退治の範囲内で行ったことのない場所だから、相当遠いはずだ。
「めちゃくちゃ大きいね。魔獣だったりしない?」
「違ぇよ! 魔石(ケントル)がついてねぇだろ」
「確かに」
「魔獣だったら、アリスがまた見境なく魔獣人に変えてしまうじゃねぇか。誰がお邪魔野郎を増やすような真似すっかよ」
 見境ない言うな……。
 いや、ごめん、魔獣だったら可能性はあったよ。
 ただ、『けもめん』にこんな川魚の獣人はいなかったから、どんなのが出来るか予測がつかない。
 サメとかシャチとかあの辺ならいたんだけど。

「おや、皆でアリスに贈り物ですか。いいですね」
 優美な足取りで、セスがやって来た。
「私がアリスに差し上げられるものと言えば、これくらいですが」
 そう言ったかと思うと、セスはそっと菫色の鉱石を差し出す。
「これって、宝石?」
「さて、その辺は私には分かりかねますが、美しいでしょう?」
「うん、すごく」
 セスは私の側に膝をつき、顔を近づけてくる。
「この石、私の目の色によく似ていると思いませんか?」
「あ、言われてみればそっくり」
「ふふ、ぜひあなたのお部屋のベッドサイドへ飾っていてください。あなたがいつも、私に見守られている気持ちになれるように」
(おぉう)
「それにしても、こんな石、一体どこに……」
「クララカ洞窟で見つけました」
 また聞いたことない地名出て来た。
 絶対、普段の行動範囲内じゃないところ。
「遠くまで行って見つけてくるのは大変だったんじゃない?」
「いいえ。アリスのためと思えば、大した距離ではありませんでした。それに、これを見るたびに私のことを想ってくれるでしょう?」

「むぅう~!!」
 コリンが面白くなさそうな声を出す。
 白くふくふくとしたほっぺを膨らませて。
「ボクだって、ボクを思い出してもらえるような、もっといいもの探してくるの!」
 言い終えると同時に、コリンはダッシュで駆け去って行く。
「コリン、どこに行くの!?」
「クソッ、負けるかぁ!」
「ディーンまで!? ちょっと!」
 コリンに続いてディーンもまた、あっという間に視界から消えてしまう。
「もう、二人ともムキにならなくてもいいのに。ねぇ、セス?」
 そう言って振り返った先に、セスはいなかった。

「困ったやつらだ」
 そう言いながら近づいてきたのはレオポルドだった。
「アリスのことを放って姿を消してしまうとは」
「本当だよ。今日は皆でリラックスするためにここに来たのに」
 レオポルドは私に並んで座ると、赤い実を手渡してきた。
「……これは?」
 これまでのパターンのように、聞いたこともない土地で収穫してきたものかと身構えたが。
「イハバの森だ」
 意外にもすぐ近くの場所の名前が出てほっとする。
「食ってみるといい。美味いはずだ」
「うん」
 私は軽く拭いてからかぶりつく。
 見た目はマンゴーのようだが、味はイチゴによく似ていた。
「美味しい!」
「そうか」
「これがあれば、お店に出せる新しいデザートも出来ちゃうかも」
 私の言葉に、レオポルドは少し困ったように笑う。
「これは……」
 レオポルドが目を閉じる。
「アリスを連れて行った、あの樹の高い位置にだけ実る果実だ」
「えっ、そうなの?」
 連れて行かれるのがいつも夜だったので、周りにこんな果実が実っていたことなど全く気付いていなかった。
「そんなところにあるなら、これって普通の人間じゃ見つけられない珍しいものなんじゃ?」
「その通りだ」
 レオポルドが、わずかに身を寄せてくる。
 腕に触れるレオポルドの腕のぬくもりと逞しさ。
 密やかな吐息と共に、低く穏やかな声が耳をくすぐる。
「他の者では辿り着けない、自分とアリスだけの秘密の場所に実るものだ」
「それじゃ……」
 二人だけの秘密の場所と言われ、胸の奥が甘く疼く。
「他の人に教えちゃいけないね」
 私がそう言うと、レオポルドは満足そうに目を細めた。

「アリス」
 漆黒の獣毛に覆われた指先が、私の前髪をそっとかき上げる。
「くちづけをしてもかまわないか」
「うん……」
 レオポルドの唇が、額に触れる。
 続けて愛し気に、舌先がそこをくすぐった。
 ぞくぞくする快感が背筋を駆け抜ける。
 漏れそうな声を堪えていると、ぬくもりが遠ざかった。
 目を開くと、求めるようなレオポルドの眼差し。
 私も彼の頬に手を添え、頭を自分の方へ引き寄せると魔石に唇で触れ、同じ仕草を返す。

「ねぇ、レオポルド」
 うっとりと視線を絡ませ合いながら、私は彼へ思い切って伝える。
「キス、ここにも欲しいな」
 私は自分の唇を指先で触れて見せる。
 レオポルドは少し不思議そうに首をかしげたが、すぐにその面《おもて》に柔らかな笑みが浮かぶ。
「それがアリスの望みならば」
 両肩を大きな手で覆われ、引き寄せられ、優しい吐息をすぐ側に感じた。

 遠くから、駆け付けてくるけたたましい足音が三つ、聞こえて来た。

 ――終――