「おやおや、盛況ですねぇ。若い女のさえずりは、華やかで実にいい」
 金属製の扉の開く音とともに姿を現したのは、ザカリアだった。
 周囲の乙女たちがヒッと息を飲む。

「おぉ、臭い」
 ザカリアは鼻をハンカチで覆い、部屋へ足を踏み入れてくる。
 そして私の前で足を止めると、ニヤリと笑った。
「お久しぶりです、アリスさん。お茶の用意もなく、こんな場所で申し訳ありません」
「ここはどこ? どういうつもり?」
「はは、ここは聞き分けのない女どもの反省室でしてな。残念ながら、あなたにも一度ここに入ってもらう必要があると思いまして」
 はぁ!?
「聞き分けがない? あなたの思い通りにならない、の間違いじゃないの?」
「それを聞き分けがなくて、反抗的で、生意気で、身の程知らずだというのです」
(めちゃくちゃ増えた!!)

「アリスさん、あなたは生意気だが、素材は悪くない」
 ザカリアの太い指が私の顎を掴む。
(ひっ!?)
 全身が総毛立つ。
 至近距離で分厚い唇が、にたぁと嫌な笑いを浮かべた。
「場合によっては、うちの店で稼がせてあげますよ」
「っ!?」
 その一言で、私をどう扱うつもりかが十分に伝わって来た。
「アリスさん、あなたの獣どもはあなたを心の底から慕っているようだ。ですからねぇ、あなたの尊厳を人質に取ろうと思いましてね?」
 (おぞ)ましさに息を飲む。
 私の反応をいたくお気に召したらしく、ザカリアは嬉しそうに目を細めた。

「だ、だから! 女の獣人はいないんですって!」
 震える声で懸命に告げるが、ザカリアは静かに首を横に振る。
「それはもういいのですよ。わたくしは、あなたの持っているあの獣どもが欲しい」
「な……」
「わたくしの(しもべ)にしたいのです。きっとあれらは……」
 ザカリアは夢見るような目を天井に向けた。
「王家の近衛兵団に匹敵する」
(この男、絶対的な戦闘力としてレオポルドたちを欲しがってる?)
「そんなこと、私のケモ達が承諾するわけ……!」
「だから言ったでしょう、あなたの尊厳を人質にすると」
 ザカリアは喉の奥でクックッと笑う。
「あなたが傷つけられると知れば、彼らは言うことを聞くのではないですか?」

 十分にありうることだ。
 いや、彼らなら私が傷つく前に助けてくれる?
 だけどもしも、間に合わなかったら……。
 私は唇を噛む。
「アリスさん、あれらをわたくしに譲ってもらえませんかねぇ?」
「……」
「返事は?」
「……」
「返事はどうしました?」
 口が強張って動かない。
 彼らをこんな男にいいようにされるのは我慢できなかった。
 私が人質になれば、きっとレオポルドたちにもつらい思いをさせるだろう。

「ハァ……」
 ザカリアが大袈裟に肩をすくめため息をつく。
 そして入り口まで戻ると、そこにあった金属製のレバーに手を掛けた。
 その瞬間、周囲に吊るされていた乙女たちが悲鳴を上げた。
「おやめください!」
「お願いします! それだけは勘弁してください!!」
「アンタ! ザカリア様に逆らうのはやめて!!」
(え……?)
 彼女らの悲鳴へ、ザカリアは心地よさげに耳を傾ける。
 そしてレバーをわずかに押し下げた。

 途端、地響きが起こる。
 目の前にあった壁が僅かに上昇し、地面との間にすき間ができた。
 女たちが絶望的な悲鳴を上げる。
(え? 何?)
 その瞬間、隙間からカッと猫の手のようなものが飛び出した。
 ただし、巨大な。
(あれは……!)
 長く伸びた爪の形に見覚えがあった。
 レオポルドのものとよく似ている。
(動く壁の向こうに、豹型魔獣(フェテラン)がいる!?)

「ご想像の通りですよ、アリスさん」
 ザカリアはニタニタと笑う。
「さぁ、あなたのバケモノどもをわたくしに譲ると言いなさい。わたくしの望み通り働かせると誓いなさい。でなければ、豹型魔獣(フェテラン)をここに出しますよ? 鎖で繋いであるのであなたに届くのは爪の先程度ですが、消えない傷痕は残るでしょうねぇ。あぁ、ここにいる他の女どもはもれなく餌食になりますねぇ」
 泣き叫ぶ声が耳をつんざく。
 壁は少しずつ上昇し、やがて隙間から豹型魔獣(フェテラン)の顔まで見えるようになった。

 私はギリッと歯を食いしばる。
(私の選択が、この人たちの命までも奪う……!)
 堪えがたい選択を口にするほかない、覚悟を決め唇を開こうとした時だった。

 壁と床のすき間に顔を突っ込み、こちらへ牙を剝いていた豹型魔獣(フェテラン)が、突如白い光へ変化した。
「は?」