戦闘、と表現してもいいものかどうか怪しい揉め事は、一瞬で片が付いた。
「な……、な……、な……」
店の外に積み上げられた推参者タワーの上へちょこんと鎮座ましましたザカリアは、信じられないものを見る目で私たちに向け、口をパクつかせている。
(いつも下っ端にばっかやらせていたから、レオポルドたちの力を知らなかったか)
報告があっても、信じていなかったのかもしれない。
勝負になどならなかった。
飛び掛かってきた彼らを、レオポルドたちは軽くいなし、抵抗力を奪い、後は首根っこを掴んで店の外へ放り出したのだ。
それはほぼ害虫や害獣の駆除と変わらなかった。
「迷惑なんで、二度と来ないでください!」
私たちは扉を閉めた。
この時の私は、全く気付いていなかった。
「何と素晴らしい生物だ。あの女が従えているバケモノどもは……」
扉の向こうでザカリアが歪な笑みを浮かべていたことに。
「そういやパティ、あの日、途中で姿消えてたよね?」
数日後、私は開店準備をしながらパティに話しかけた。
「あの日て?」
「ザカリアが手下連れて、突撃して来た日!」
「あ~……」
パティは気まずそうに、頭をガリガリとかく。
「心配したんだよ? 突き飛ばされて、壁に頭打ち付けたように見えたから。なのに気付いたら姿消してて、全部終わってからひょっこり二階から姿見せるんだもん」
「いや、しゃあないやん? 商人として、テヴリ商会は敵に回したないねん」
「敵に回したくないって……」
パティはテヘペロ顔をして見せる。
「あそこは規模が大きだけやのぅて、あちこち取引先も多い。ザカリアに睨まれたら、アイツの息のかかったルート全滅してまうんや。商人としては致命的や」
「う……、そっか」
「せやから、アイツとの揉め事にはウチを巻き込まんといてな!」
彼女の立場を思うと、私は渋々ながらもそれを受け入れるしかなかった。
(あ、鶏肉足りない)
ザカリアの手下が来なくなってから、数日が経過した。客足は徐々に戻りつつあった。
(これじゃ、途中で品切れしちゃうかも)
お使いを頼もうとコリンをふり返る。
コリンは野菜の仕込みに忙しそうだった。
(たまには自分で買いに行くか)
鶏肉が『ニキーチェ』と言うのは覚えたし、売っている店も知っている。
掃除や準備をしているケモ達の邪魔をしないよう、私は黙って店を抜け出した。
それがいけなかった。
駆け寄る足音に気付いて振り返るより先に、両腕と口を押さえられた。
「!?」
私たちの店は、人通りの少ない場所にある。
助けを求めることもできないまま、私はあっという間に縛り上げられ、袋をかぶせられてしまった。
「アリス?」
指示された野菜を切り終えたコリンが辺りを見回す。
「いないなの? レオポルド、アリスはどこにいるなの?」
「アリスなら結構前に出てったぞ」
「出て行ったなの? どうしてなの!?」
コリンのハイトーンボイスに、ディーンが耳を抑える。
「キーキーうっせぇな。買い物じゃね? 金持ってったし」
「ぅう、野菜の匂いで気付かなかったなの」
「それにしても、少し遅いですね」
セスが首をかしげる。
「大通りの市場まで行って買い物して帰ってくるなら、もう戻っていても良い頃でしょうに」
「……アリスに何かあったなの?」
コリンの言葉と同時に、レオポルドとディーンが店から飛び出した。
「アリス! どこにいる?」
「ん? あれ?」
「どうしたディーン」
ディーンが鼻をひくつかせ、辺りを見回す。
「ここまでアリスの匂いが残ってるんだけどよ」
ディーンは、足の爪先で地面をつつく。
「ここで急に途絶えてんだよ」
「なんだと?」
「あ、待て。この匂い……」
再びディーンは鼻をうごめかし、やがて嫌そうに顔をしかめた。
「あいつらだ。前に何度も店に嫌がらせしに来た二人組」
「!」
レオポルドは喉の奥で低く唸った。
(何、ここ……)
気付いた時、私は手首に枷をはめられ、寒々とした薄暗い小部屋に吊るされていた。
目が慣れてくると、この部屋にいるのは私だけでないと気付く。
(ひどい臭いが充満してる。生ごみ置き場?)
「うぅ……、お母さん……」
「もういやぁ……」
「助けて、誰か助けて……」
私と同じように吊るされ、傷を負い、涙にくれる若い女の姿がいくつもあった。
「あの、みなさん、ここはどこですか? なぜ、私たちはここに?」
「そんなのわかり切ってんだろ!」
野良犬のようにぼさぼさの髪を逆立てた少女が、苛立った様子で怒鳴ってくる。
「ザカリア、様の、満足する売り上げじゃなかったから、お仕置きされてんだよ! アタシも、アンタも!」
「売り上げ?」
「わ、わたし……」
青白い顔をしたやせっぽちの女が、ぼろぼろと涙を流す。
「あんなの、他の男になんて、無理です……。恋人が、いたのに……」
「仕方ねぇだろ、アタシらは売られたんだ! あとは稼いで年期が明けるのを待つしかねぇんだ!」
(もしかして、娼館の子たち!?)
彼女らの話す内容から察するに、ザカリアはどうやら借金のカタに若い女を集め、娼館で働かせているようだ。
(自分から進んでこの仕事をしているなら、私だって否定はしない。だけど……)
望まない人間に無理やり従事させ、売り上げが目標に達していないと言う理由で折檻する。
(なんてやつ……!)
その時、ガチャリと扉の開く音と共に、小部屋に光が差した。
「な……、な……、な……」
店の外に積み上げられた推参者タワーの上へちょこんと鎮座ましましたザカリアは、信じられないものを見る目で私たちに向け、口をパクつかせている。
(いつも下っ端にばっかやらせていたから、レオポルドたちの力を知らなかったか)
報告があっても、信じていなかったのかもしれない。
勝負になどならなかった。
飛び掛かってきた彼らを、レオポルドたちは軽くいなし、抵抗力を奪い、後は首根っこを掴んで店の外へ放り出したのだ。
それはほぼ害虫や害獣の駆除と変わらなかった。
「迷惑なんで、二度と来ないでください!」
私たちは扉を閉めた。
この時の私は、全く気付いていなかった。
「何と素晴らしい生物だ。あの女が従えているバケモノどもは……」
扉の向こうでザカリアが歪な笑みを浮かべていたことに。
「そういやパティ、あの日、途中で姿消えてたよね?」
数日後、私は開店準備をしながらパティに話しかけた。
「あの日て?」
「ザカリアが手下連れて、突撃して来た日!」
「あ~……」
パティは気まずそうに、頭をガリガリとかく。
「心配したんだよ? 突き飛ばされて、壁に頭打ち付けたように見えたから。なのに気付いたら姿消してて、全部終わってからひょっこり二階から姿見せるんだもん」
「いや、しゃあないやん? 商人として、テヴリ商会は敵に回したないねん」
「敵に回したくないって……」
パティはテヘペロ顔をして見せる。
「あそこは規模が大きだけやのぅて、あちこち取引先も多い。ザカリアに睨まれたら、アイツの息のかかったルート全滅してまうんや。商人としては致命的や」
「う……、そっか」
「せやから、アイツとの揉め事にはウチを巻き込まんといてな!」
彼女の立場を思うと、私は渋々ながらもそれを受け入れるしかなかった。
(あ、鶏肉足りない)
ザカリアの手下が来なくなってから、数日が経過した。客足は徐々に戻りつつあった。
(これじゃ、途中で品切れしちゃうかも)
お使いを頼もうとコリンをふり返る。
コリンは野菜の仕込みに忙しそうだった。
(たまには自分で買いに行くか)
鶏肉が『ニキーチェ』と言うのは覚えたし、売っている店も知っている。
掃除や準備をしているケモ達の邪魔をしないよう、私は黙って店を抜け出した。
それがいけなかった。
駆け寄る足音に気付いて振り返るより先に、両腕と口を押さえられた。
「!?」
私たちの店は、人通りの少ない場所にある。
助けを求めることもできないまま、私はあっという間に縛り上げられ、袋をかぶせられてしまった。
「アリス?」
指示された野菜を切り終えたコリンが辺りを見回す。
「いないなの? レオポルド、アリスはどこにいるなの?」
「アリスなら結構前に出てったぞ」
「出て行ったなの? どうしてなの!?」
コリンのハイトーンボイスに、ディーンが耳を抑える。
「キーキーうっせぇな。買い物じゃね? 金持ってったし」
「ぅう、野菜の匂いで気付かなかったなの」
「それにしても、少し遅いですね」
セスが首をかしげる。
「大通りの市場まで行って買い物して帰ってくるなら、もう戻っていても良い頃でしょうに」
「……アリスに何かあったなの?」
コリンの言葉と同時に、レオポルドとディーンが店から飛び出した。
「アリス! どこにいる?」
「ん? あれ?」
「どうしたディーン」
ディーンが鼻をひくつかせ、辺りを見回す。
「ここまでアリスの匂いが残ってるんだけどよ」
ディーンは、足の爪先で地面をつつく。
「ここで急に途絶えてんだよ」
「なんだと?」
「あ、待て。この匂い……」
再びディーンは鼻をうごめかし、やがて嫌そうに顔をしかめた。
「あいつらだ。前に何度も店に嫌がらせしに来た二人組」
「!」
レオポルドは喉の奥で低く唸った。
(何、ここ……)
気付いた時、私は手首に枷をはめられ、寒々とした薄暗い小部屋に吊るされていた。
目が慣れてくると、この部屋にいるのは私だけでないと気付く。
(ひどい臭いが充満してる。生ごみ置き場?)
「うぅ……、お母さん……」
「もういやぁ……」
「助けて、誰か助けて……」
私と同じように吊るされ、傷を負い、涙にくれる若い女の姿がいくつもあった。
「あの、みなさん、ここはどこですか? なぜ、私たちはここに?」
「そんなのわかり切ってんだろ!」
野良犬のようにぼさぼさの髪を逆立てた少女が、苛立った様子で怒鳴ってくる。
「ザカリア、様の、満足する売り上げじゃなかったから、お仕置きされてんだよ! アタシも、アンタも!」
「売り上げ?」
「わ、わたし……」
青白い顔をしたやせっぽちの女が、ぼろぼろと涙を流す。
「あんなの、他の男になんて、無理です……。恋人が、いたのに……」
「仕方ねぇだろ、アタシらは売られたんだ! あとは稼いで年期が明けるのを待つしかねぇんだ!」
(もしかして、娼館の子たち!?)
彼女らの話す内容から察するに、ザカリアはどうやら借金のカタに若い女を集め、娼館で働かせているようだ。
(自分から進んでこの仕事をしているなら、私だって否定はしない。だけど……)
望まない人間に無理やり従事させ、売り上げが目標に達していないと言う理由で折檻する。
(なんてやつ……!)
その時、ガチャリと扉の開く音と共に、小部屋に光が差した。