閉店後のフロアで、パティは大きく息をついた。
「打ち合わせもなしに爆弾発言やめてくれんかな、ディーン!? ホンマ頼むで!」
「はぁ? 仮面じゃねぇことはいずれバラすつもりだったんだろ? なら、今日だっていいじゃねぇか」
「えぇワケあるかい! 心の準備もなんも出来(でけ)てへん時に、マジやめぇや」
 落ち着き払った態度に見えたパティも、内心焦っていたらしい。
「うっせぇな。特に問題にならなかっただろ。細けぇんだよ」
「大騒ぎになっとったやろがぃ! セスとコリンが気を利かせて空気を和らげてくれたから良かったものの」
「なら、もううるさく言うなっての」

「ディーン」
 ふてぶてしい態度を取り続けるディーンに、レオポルドが渋い表情で歩み寄る。
「今日のことは、まだ結果が出ていない。俺たちの情報が周囲に広まるのは明日以降だ。俺たちが仮面でないことを知り、これまで通りに客が来てくれるかは分からない」
「だから、なんだよ」
「下手をすれば、もう店は出来なくなる。アリスの大切にしている店が、潰れる」
(潰れる!?)
「っ!」
『アリスの大切にしている店』という言葉に、ディーンが息を飲んだ。
「アリスに謝っておいた方が良くないか?」
「……わぁったよ」
 しぶしぶと言った様子で、ディーンはこちらを向く。
 唇を噛み、そっぽを向き、深呼吸を一つしたのちに、聞こえるか聞こえないかの声でディーンは言った。
「悪ぃ」
「う、うぅん……」

 尾を垂れしょんぼりしているディーンが気の毒になり、私は慌てて手を振る。
「私、お店がやりたいというより、みんなの新衣装見たいだけなところあるし。お金は魔石(ケントル)ハンターの方が稼げるし。それにいずれお客さんには伝えなきゃいけないと思っていたことだから、今日がそのタイミングだったのかもだし。それにレオポルドの言う通りまだ結果は出てないから」
「アリス……」
 ディーンの口元に、ほっとしたような笑みがうっすら浮かんだ瞬間だった。
「アリス! 甘やかすのはいけないなの!」

 先輩その2が、腰に手を当てふんと胸を張る。
「ディーンにはちゃんと反省させなきゃなの! アリスが甘やかすのはボクだけでいいの!」
 コリン?
「そうですねぇ。アリスの優しいところは、私も好ましく思っていますが」
 セスの手が、そっと私の顎に添えられた。
「迂闊なことをした子には、ちゃんと相応のお仕置きをしなくては、ね?」
 お仕置きって?
 いや、手つきと目つきがセクシーだな!
「お仕置きなぁ。今回のことでアリスに嫌がらせする輩が出て来んとも限らんし、三日間、アリスから片時も離れず護衛をさせる、とかか?」
「えっ、私の?」
「アリスの、護衛? オレが?」
 その瞬間ディーンを除くケモ達が、一斉に一歩迫り来た。
「「「それでは、ご褒美になってしまう!」」なの!」
 皆の大反対で、ディーンのお仕置きの話はなんとなく立ち消えになってしまった。


 ディーンのカミングアウトから一週間が過ぎた。
 翌日とその次、さらにその次くらいまでは一時的に客足が遠のいた。
 だが幸いにも、五日もするとまた元通りの光景が見られるようになった。
 見世物小屋を覗くような眼差しで来る者もいたが、多くの客は私の作る珍しい料理、そして魔獣に似た店員によるサービスを楽しんでいるようだった。

 異国の店員に給仕され、異国の料理を食べる非日常感を提供する。
 パティの読みは当たったと見ていいだろう。