食事処『けもめん』が軌道に乗って、しばくしてからのこと。
その事件は起こった。
「ねぇ~え~、ディ~ン~!」
私と同世代であろう女ハンターは、誰の目にも明らかなほど酔っ払っていた。
女は上機嫌で、ディーンに絡み続けている。
「んだよ、さっきから意味もなく何度も呼びつけやがって」
「ここ! アタシのお膝座ろ? 首の所モフモフしてあげるぅ~」
「しねぇ。仕事中だ」
冷たく背を向けたディーンを追うように、女は椅子からふらふらと立ち上がる。
パーティーの仲間が制止するが、女はへらへら笑ったまま首を横に振る。
「ディーンってさぁ。いい体してるよねぇ~」
(げっ!?)
「背中のラインとかさぁ~、腰の引き締まり方とかさぁ~、ちっちゃいお尻ととかさぁ~、少年らしさも残してて、最高なのよぉ~」
(うわぁ、セクハラの人だ!)
ディーンは忌々し気に舌打ちをする。
「……キモ。失せろ、ブス」
あぁ、お客様にその態度は、って本来なら注意をすべき立場なんだろうけど。
あんな言われ方したら気持ち悪いよね。
私だって舌打ちしたくなるよ。
だけどごめん、あのお客さんのテンションも理解できちゃうんだ。
この世界で初めて出会った、私と同じ性的嗜好の人かもしれないから。
「ディーン」
私は小声で名を呼び、『キレちゃだめだよ』と身振り手振りでサインを送る。
なにせ魔獣人の身体能力は、人間とは比べ物にならない。
「うぜぇ!」なんて強く腕を振り払ったら、その勢いで首が飛ぶ可能性だってあるのだ。
これからも住む予定の建物内で、スプラッタは嫌だ。
そう言う問題じゃないけど。
「わぁってるよ」
忌々し気に牙をむき出すディーンに、多少の懸念を抱きつつも胸をなでおろす。
(あ、そう言えば)
レオポルドに抱きしめられた時のことを思い出す。
(あれって、人とは桁違いのパワーを持つ魔獣人が、苦しくない程度に手加減して、やさしく抱きしめてくれてるってことだよね。うわ、それってちょっとときめく!)
そんな雑念に、でへぇと口元を緩めていた時だった。
「ディ~ン、えへへぇ、捕まえたぁ~」
仲間たちが制止するのも聞かず、酔っ払いの女ハンターはついにディーンに抱きついた。
不快さに牙をむき出し唸るディーンを見ても、女はゲタゲタ笑っている。
「嫌がってる、嫌がってるぅ~、かぁわいぃ~!」
(あぁ、質の悪いタイプだ!)
さっさとディーンを下がらせればよかった。後悔した私の目の前で、女はディーンの首元に手を添える。
「ねぇえ、本当のお顔見せてぇ? こんなヘンテコな仮面外してさぁ~。どんなお顔してるのかなぁ?」
言ったかと思うと、女は躊躇なくディーンの首の毛を掴み、上へ引き上げ始めた。
(ちょっ!?)
顔を見せて!?
私と同じ性的嗜好じゃなかった!
「ちょいちょいちょい! お客さん、それはアカンて!」
「おい、ノンナ、やめろ!!」
「脱げ~、あははは~、脱げ~」
ノンナと呼ばれた女ハンターは、ディーンの首の皮をがっちりと掴み、ぐいぐいと持ち上げ続ける。
「……っ! ふざけんのも大概にしろっ!!」
ついにキレたディーンが、ノンナを振り払った。
手加減をしてくれたのか、首が飛ぶことはなかったが。
しかし酔っ払い女は勢いよく、仲間たちの元へと吹っ飛んでいく。
「へぁ?」
ぶっ飛ばされた女性客は尻に仲間たちを敷いたまま、何が起こったか分からず、ぽかんとディーンを見上げていた。
怒りの収まらないディーンは、ずかずかと女の元へ近づいていく。
「ディーン、暴力はだめ!」
「オレはなぁ」
ディーンがダンッと床を踏み鳴らした。
「仮面なんてつけてねぇよ! これがオレの顔だ!! 分かったか、このバカ女!!」
(あ……)
ディーンの啖呵に、店内は水を打ったように静まり返る。
やがて、「え……」「仮面、じゃない?」「素顔?」と、動揺がさざめきのように広がった。
(ディーン!! やっちゃった!!)
血の気の引いた頭の中に、いろんな思いが駆け巡る。
彼らのことはもっとじっくり時間をかけ、この地に浸透させてからカミングアウトつもりだった。
だけど浸透するっていつになるんだろう? 何ケ月後? 何年後?
ラプロフロス人だって、ここに馴染むまで何世代かかったのではなかったか。
皆に何と言えばいい?
私はどうすべきなんだろう。
皆の敵と似た姿を持った彼らの存在を、どう説明すればいいのだろう?
その時、セスが真珠色の鱗をきらめかせながら前に進み出た。
その事件は起こった。
「ねぇ~え~、ディ~ン~!」
私と同世代であろう女ハンターは、誰の目にも明らかなほど酔っ払っていた。
女は上機嫌で、ディーンに絡み続けている。
「んだよ、さっきから意味もなく何度も呼びつけやがって」
「ここ! アタシのお膝座ろ? 首の所モフモフしてあげるぅ~」
「しねぇ。仕事中だ」
冷たく背を向けたディーンを追うように、女は椅子からふらふらと立ち上がる。
パーティーの仲間が制止するが、女はへらへら笑ったまま首を横に振る。
「ディーンってさぁ。いい体してるよねぇ~」
(げっ!?)
「背中のラインとかさぁ~、腰の引き締まり方とかさぁ~、ちっちゃいお尻ととかさぁ~、少年らしさも残してて、最高なのよぉ~」
(うわぁ、セクハラの人だ!)
ディーンは忌々し気に舌打ちをする。
「……キモ。失せろ、ブス」
あぁ、お客様にその態度は、って本来なら注意をすべき立場なんだろうけど。
あんな言われ方したら気持ち悪いよね。
私だって舌打ちしたくなるよ。
だけどごめん、あのお客さんのテンションも理解できちゃうんだ。
この世界で初めて出会った、私と同じ性的嗜好の人かもしれないから。
「ディーン」
私は小声で名を呼び、『キレちゃだめだよ』と身振り手振りでサインを送る。
なにせ魔獣人の身体能力は、人間とは比べ物にならない。
「うぜぇ!」なんて強く腕を振り払ったら、その勢いで首が飛ぶ可能性だってあるのだ。
これからも住む予定の建物内で、スプラッタは嫌だ。
そう言う問題じゃないけど。
「わぁってるよ」
忌々し気に牙をむき出すディーンに、多少の懸念を抱きつつも胸をなでおろす。
(あ、そう言えば)
レオポルドに抱きしめられた時のことを思い出す。
(あれって、人とは桁違いのパワーを持つ魔獣人が、苦しくない程度に手加減して、やさしく抱きしめてくれてるってことだよね。うわ、それってちょっとときめく!)
そんな雑念に、でへぇと口元を緩めていた時だった。
「ディ~ン、えへへぇ、捕まえたぁ~」
仲間たちが制止するのも聞かず、酔っ払いの女ハンターはついにディーンに抱きついた。
不快さに牙をむき出し唸るディーンを見ても、女はゲタゲタ笑っている。
「嫌がってる、嫌がってるぅ~、かぁわいぃ~!」
(あぁ、質の悪いタイプだ!)
さっさとディーンを下がらせればよかった。後悔した私の目の前で、女はディーンの首元に手を添える。
「ねぇえ、本当のお顔見せてぇ? こんなヘンテコな仮面外してさぁ~。どんなお顔してるのかなぁ?」
言ったかと思うと、女は躊躇なくディーンの首の毛を掴み、上へ引き上げ始めた。
(ちょっ!?)
顔を見せて!?
私と同じ性的嗜好じゃなかった!
「ちょいちょいちょい! お客さん、それはアカンて!」
「おい、ノンナ、やめろ!!」
「脱げ~、あははは~、脱げ~」
ノンナと呼ばれた女ハンターは、ディーンの首の皮をがっちりと掴み、ぐいぐいと持ち上げ続ける。
「……っ! ふざけんのも大概にしろっ!!」
ついにキレたディーンが、ノンナを振り払った。
手加減をしてくれたのか、首が飛ぶことはなかったが。
しかし酔っ払い女は勢いよく、仲間たちの元へと吹っ飛んでいく。
「へぁ?」
ぶっ飛ばされた女性客は尻に仲間たちを敷いたまま、何が起こったか分からず、ぽかんとディーンを見上げていた。
怒りの収まらないディーンは、ずかずかと女の元へ近づいていく。
「ディーン、暴力はだめ!」
「オレはなぁ」
ディーンがダンッと床を踏み鳴らした。
「仮面なんてつけてねぇよ! これがオレの顔だ!! 分かったか、このバカ女!!」
(あ……)
ディーンの啖呵に、店内は水を打ったように静まり返る。
やがて、「え……」「仮面、じゃない?」「素顔?」と、動揺がさざめきのように広がった。
(ディーン!! やっちゃった!!)
血の気の引いた頭の中に、いろんな思いが駆け巡る。
彼らのことはもっとじっくり時間をかけ、この地に浸透させてからカミングアウトつもりだった。
だけど浸透するっていつになるんだろう? 何ケ月後? 何年後?
ラプロフロス人だって、ここに馴染むまで何世代かかったのではなかったか。
皆に何と言えばいい?
私はどうすべきなんだろう。
皆の敵と似た姿を持った彼らの存在を、どう説明すればいいのだろう?
その時、セスが真珠色の鱗をきらめかせながら前に進み出た。