「説明もなく、ここまで連れて来てしまってすまない。あの場で声を出せば、他の皆に気付かれてしまっただろうから」
「う、うん、イイヨ……」

 私の体は、またしてもイハバの森の樹上にあった。
 例のごとく、枝に腰を下ろすレオポルドの膝の上に乗せられている状態だ。
 しっかり抱かれているので、落っことされることはないだろうが、怖いものは怖い。
 私は出来るだけ下を見ないよう、レオポルドの顔だけに目を向ける。
「怖い思いをさせているな。すまない」
「イイヨ」
「だがここまで来なければ、……二人きりになれそうにないのでな」
(えっ……)
 低く甘い囁き声に、胸の奥がキュッとなる。
「他の人に聞かせたくない、秘密の相談?」
「いや。アリスと二人きりになりたかっただけだ」
「……」
 思わずごくりと生唾を飲む。
「えっと、それは、どういう意図で……」
「意図? 何がしたいかと問われているなら、そうだな。二人でただ寄り添い、心行くまでアリスの姿を目に焼き付けながら、誰にも邪魔されず同じ時を過ごしたい」

 彼の言葉に胸の奥が痛いほど締め付けられる。
 高鳴る胸の音は、すぐにレオポルドの耳に拾われてしまったようだ。
 月の光を宿した瞳が、スッと優しく細められる。
 そして抱き寄せられたかと思うと、額にキスを落とされた。
(ま、またデコちゅー!?)
 頬が、熱を含んだ膜で覆われたような感覚に襲われる。。
 レオポルドは一度唇を離すと、同じ場所を舌先でチロリと舐め上げる。
(びゃああ!?)
 なぜかひどく恥ずかしいことをしている気持ちになった。

「……」
 レオポルドは黙ったまま、ただ優しい目で私を見つめ、私の髪をゆっくりと指で梳く。
 次に親指で、フニフニと私の唇を弄び始めた。
「くすぐったいよ」
「……そうか」
 言ったきり、レオポルドはその行為を続ける。
 私も仕返しとばかりと、指先でレオポルドの唇に触れる。
 すると軽くカプリと噛まれ、そのまま舌先でくすぐられた。
「ぎゃああ、離してぇ」
「……フッ」

 じゃれ合いながら、私たちはクスクスと笑い合う。
 やがて、レオポルドはもう一度私の額へキスをした。
(なんか、おでこばっかだな)
 嬉しいけど、ドキドキするけど、少し物足りない気持ちも湧き上がってくる。
(って、私は何を期待してるんだ)

 レオポルドから目を逸らす。
 すると足の下からどこまでも続く暗闇が見えてしまい、慌てて私は視線をレオポルドへ戻した。
「アリス」
「なに?」
「……」
 レオポルドは瞳に微かな憂いを浮かべ、切なげに微笑む。
「……なんでもない」
「本当に?」
 顔を逸らしたレオポルドの両頬に手を添え、自分へ向けさせる。
 しばらくレオポルドは言い淀んでいたが、やがてお辞儀をするように私の前に額を持ってくる。
「ここへ、アリスのくちづけが欲しい」
 目の前には、レオポルドの瞳とよく似たペリドット色の魔石(ケントル)がある。
「ここ?」
 指先でそっと触れるとレオポルドは一つ頷き、すがるように私の体へ腕を回してきた。
「……頼む」
 私は戸惑いながらも、レオポルドの魔石へ唇を落とす。
 小さな呻き声と、恍惚とした吐息が聞こえて来た。
(な、なんかえっちだな)
「もう少し」
「え?」
「ディーンを救うため、奴の額に幾度もキスをしていたアリスが、今も目に焼き付いている。あの時と同じだけのものが、欲しい」

 その言葉に、ようやく気付く。
「レオポルド、ヤキモチ?」
「そうだ」
 私を抱きすくめる腕に、力がこもる。
「理解はしている。あの時のお前はただ、ディーンの命を繋ぎ止めたくて夢中だった。だが……」
 見上げる瞳が私を求めている。
「……同じ熱量で、俺のことも繋ぎ止めてほしい」
「うん」
 私はもう一度、レオポルドの魔石に唇で触れる。
 ゆっくりと(ふち)を辿り、最後に中央へそっと押し付ける。
 その時になって気づいた。
 レオポルドが私の額にばかりキスしていたのは、自分にとって魔石(ケントル)のある部分、つまり最も親密な部分への触れ合いの意図があったのではないかと。
 気付いた瞬間、全身がカーッと火照るのを感じた。

「あ、あのね、レオポルド」
 パティから、皆を平等に扱うよう言われていたけど、一番好きなレオポルドに誤解されているのは嫌だった。
「その、みんなといる手前、どうしてもレオポルドとずっとくっついてるわけにはいかないし、レオポルドもキャラ的にコリンたちのように奔放に振舞えないだろうから、なんかその、いつも軽く距離があるかもだけど」
 レオポルドが姿勢を正し私を見る。ペリドット色の瞳が夜の闇の中淡く光る。
「本当はこれ、言っちゃいけないんだけど。……私にとって一番大事なのはレオポルドだからね!」
「……知っている」
「ぇえ?」

 私が勇気をふり絞って口にした言葉を、レオポルドはいともたやすく受け止める。
「知ってる、って」
 レオポルドの指先が、私の腿に軽く触れた。
「ひゃ!?」
「ここに、アリスの気持ちが現れている」
(ここって……)
 マンションの鍵を入れているポケットだ。
 ゲーム『けもめん』のレオポルドのラバーストラップがついている。
「アリスはこれを大事にしていた。俺と同じ姿の。だから、この姿はアリスの最も愛するものだと知っている」
「う、うん。あ! でも、レオポルドをこれの身代わりにしてるなんてことは……!」
「前に聞いた。アリスは今のこの俺を見てくれていることも分かっている。だから、俺はアリスに最も愛されているという自負がある」
「そ、そう」
「だからと言って、誰かと触れあっているアリスを見て、平静でいられるわけではない」
「う、ごめん……」
「謝るな、そうではなく」
 レオポルドが私の耳元へ口を寄せた。
 暖かな吐息が耳朶をくすぐる。
「今宵は、俺のために時間をくれて、ありがとう」
 グルグルと心地よさげに喉を鳴らす彼を、私は愛しく思った。