「ほい、そこの魔獣人ども。一列に並びや~」
 その日、営業を終えた店内で、パティは荷物から細長い布状のものを取り出した。
 レオポルド、コリン、セスの三人は、素直にパティの周囲に集まる。
「クルァ! そこの反抗期もや」
「ぁあ? うっせぇな」
「ディーン?」
 私が名を呼ぶと、ディーンは気まずそうに鼻にしわを寄せる。
「……チッ、わぁったよ」
 のそのそと仲間の列に加わった彼を見て、パティが口元をひきつらせた。
「アンタも、アリス通さな言うこときかんのかい」

 パティは取り出した布を、一人一人に手渡していく。
「これ、何? ハチマキ?」
 レオポルドのものを横から見せてもらう。
 ひっくり返すと、額が当たる部分に金属板が打ち付けられていた。
「鉢金だ!」
「あん? ハチガネて?」
「忍者とかが額につけてるやつ!」
「……ニンジャ? またワケ分からん事言うてんな」
 そうかこの世界、忍者もいないのか。

「ちょっと前にディーンのデコの石が割れかけて、ヤバなったやん?」
 パティの言葉にディーンはむっつりと膨れ、セスはそっと視線を逸らす。
「それをガードする防具や。武器屋に頼んで特別にあつらえてもろた」
 てことは、この世界でコレはパティ考案のオリジナル防具になるようだ。
「アンタら、これからは戦闘時に絶対それを額に着けて、デコの石を守るんやで」
 こういうところに気付いて対応してくれるパティは、本当に心強い。
「パティ、ありがとう」

「ちゅーかなぁ……」
 パティが天井を仰ぎため息をつく。そしてテーブルを叩いた。
「なんでアンタら全員、急所丸出しやねん!」
 額の魔石(ケントル)のこと、急所って言うのやめようか。
「なんで割られたら一巻の終わりの弱点が、そんなモロ見えの場所にあんねん!」
 モロ見え言うのもやめようか。
「大事なところは、ちゃんとナイナイしとけやぁ!」
 やめて!
 魔石(ケントル)がいかがわしいものに見えてくるから、本当にやめて!

「でさ、パティ。……全部でおいくら?」
 これに使われた生地や金属がどれほどの価格のものなのか、私には見当もつかない。
 相手はパティだ。ただの好意で(こしら)えてくれたとは思えない。
 恐る恐る問うた私に、パティはニッと歯を見せた。
無料(タダ)や」
「えっ? パティ、正気!?」
「正気や。ウチのこと、何や思てんねん」
業突(ごうつ)()……、お金にきっちりした人」
「……殆ど言うるけど、まぁえぇわ。その、ハチガネ? 使い勝手良さそうやったら、商品にして売ったろ思てんねん。せやから」
 パティはケモ達をぐるりと見回す。
「アンタら、モニター頼んだで! 全員、使い勝手とか報告しぃや!」
 あ、なるほど。とってもパティ案件だった。

 レオポルドが魔石(ケントル)を覆うように鉢金の金具を当て、頭の後ろでキュッと結ぶ。
 そして顔を上げると私を見た。
「アリス、これはこんな感じでいいのか?」
「きゃーっ!!」
 私は口を押さえ、思わず歓喜の悲鳴を上げる。
 服はエプロン姿のままではあったが、黒豹モチーフのレオポルドには鉢金が恐ろしいほど似合っていた。
「カッコいい!!」
 その言葉を皮切りに、他の三人もさっさと鉢金を装着し始める。
「アリス、ねぇねぇ、見て! ボクも似合ってるなの?」
「まぁ、邪魔にはならなさそうだから、着けてやってもいいぜ」
「これは布地のおかげで、ずれにくくなっているようですね」
(おぉおお~っ!)
 鉢金を額に巻いた彼らは皆、引き締まった雰囲気でとても素敵だった。
「あぁ」
 私はその場にへなへなと崩れ落ち、思わずパティに向かって柏手を打つ。
「新衣装無料配布ありがてぇ、命助かる……」
「アリス、怖いて」
「パティ大明神、お布施させていただかなくて、本当によろしいのでしょうか」
「何言うとるか分からんけど、とりあえず金なら要らんからな。なんや怖いし」


 その夜、部屋に一人戻り、眠る準備をしていた時だった。
 窓を叩く微かな音が耳に届いた。
(風? コウモリでもぶつかった?)
 そんなことを思いつつカーテンを開いた私の目に、闇に溶けるように立つレオポルドの姿が映った。
「レッ……」
 つい声を上げそうになった私に、レオポルドは人差し指を口元に当てて見せる。
(どうやってそこに立ってるの!? 足場、あったっけ?)
 魔獣人の身体能力は計り知れない。
 私が窓を開けると、レオポルドは黙って私へ手を差し出した。
(え?)
 まるでピーターパンのワンシーンだ。
(ど、どうしよう……)

 彼に抱き上げられ、無茶な速度で振り回されたことを思い出す。
 けれど差し出すその手へ、私の手は吸い込まれるように重なった。
 ふにっ、とした肉球の感触が伝わってくる。
(あ……)
 パティが階段を上がり切り、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。
 刹那、レオポルドがやや強引に私の手を引く。
(きゃっ!?)
 私の体は、ふわりとレオポルドの腕の中へ納まった。
 まるで体重がないかのように。
 そして次の瞬間、例のごとく私の体は恐ろしい速さで上昇する。
(ふんぐっ!?)
 ぐるぐる回る視界に、自分がどんな状況下にあるか理解できない。
 ただ、ターンターンというリズムで、どこかに移動していることだけが伝わって来た。