この唇はただイケ獣人のためにある

「アリス、起きたなの!?」
「コリン、大声を出すな。大丈夫か、アリス」
「うわっ!」
 ベッドへ駆け寄ってきたコリンとレオポルドを前に、私は慌てて掛布団を胸元まで引き上げる。
 包帯で完全にガードされてはいるが、下着姿のようで心もとなかった。
「アンタら、勝手に入ってくんな言うたやろ? レディの寝室やで?」
「すまない。だが、アリスのことが気がかりで」
「そうなの! 本当ならボクが側で看病したかったなの!」
 パティは肩をすくめる。
「これや。アンタをここまで連れて帰ってから、四人ともアンタの世話する言うてきかんくてな」
「四人?」

 パティが入り口を顎で示す。
 そこに、レンガ色のマズルが覗いていた。
「……ディーン?」
 震える声で呼ぶと、気まずそうにディーンが顔をのぞかせる。
「……よぉ」
「ディーン!」
 思わず布団を跳ね飛ばし、私は彼に駆け寄る。
「な、なんだよ!」
「ディーン!!」
 私は、自分より少しだけ背の高い犬型の少年に飛びつく。
「消えてない! ちゃんといる!」
「き、消えてねぇよ」
「良かった、本当に!」

 私はディーンの額の魔石(ケントル)を確かめる。
 蜂蜜色の魔石(ケントル)は、傷一つなく艶々と輝いていた。
「割れてない……」
「お前が治したんじゃねぇか。ここに……キスして」
「! 治ったの!? それで!?」
「そうだよ。って、お前がやったんだろ? 分かっててやったんじゃねぇのかよ」
「良かったぁあ!」
「く、苦しい、苦しいって! 離せよ! 色々押し付けんな、痴女―!!」

 その時、背中をぬくもりがスッと包む。
 振り返ると、掛布団を手にしたレオポルドが立っていた。
「アリス、その姿で抱き着くのはどうかと」
「え……、ぎゃあ!?」
 素肌に包帯を巻いただけの姿で、ディーンをぎゅうぎゅう締め付けてしまっていた。
 レオポルドが私を背後から布団でくるむ。
 銀の斑紋の浮かぶ漆黒の腕が、そのまま布団を固定する留め具となった。

(あ……)
 ディーンの背後にもう一人いることに、私はようやく気付く。
 真珠色の鱗に覆われたトカゲ型の魔獣人が、すらりとした身を壁に預けて立っていた。
「あなたは……」
「セス、と申します」
 セスは壁にもたれていた姿勢を正すと、優美な動きで私に頭を下げる。
「貴女に救われ、こちらへ参りました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
「セス……」
「まずは……、貴女を傷つけてしまったこと、いかにお詫びいたしましょう」
「ううん。気にしないで」
 そんなこと言ったら、ここにいる全員一度は私を襲っているのだ。
 確かに今回は爪跡が少々深かったけど。
「……セスは、人から沢山ひどい目に遭わされたんだよね」
 真珠色の鱗が覆うセスの頬へ、私は触れる。
「もう、大丈夫? つらくない?」
「えぇ」
 セスは私の手をそっと取ると、指先へ軽く唇で触れた。
「貴女の愛がこの身に満ちておりますゆえ」
(ひょえ!?)
 セスは一度伏せた瞼をそっと開き、アメジスト色の瞳で私を見る。
(な、艶めかしい!!)

「おい、てめぇ、何やってんだ!」
「キスするなんて反則なの!」
 ディーンとコリンが割って入ってくる。
 同時に背後から、レオポルドが自分の方へ私を引き寄せ、距離を取らせた。
「おや、申し訳ございません」
 口元に手を添え、クスッとセスは笑う。
「なにぶん、この姿を得たのがつい昨夜のことですので。不調法のほどお許しを」
「がーっ、なんか腹立つしゃべり方だな!」
「絶対分かってて、アリスを篭絡(ろうらく)しようとしたなの!」
(コリン!?)

「言っとくけどな、オレなんかアリスの方からキスしてもらったんだからな?」
 ディーンは得意げに笑い、額の魔石を親指で指しながら私を振り返る。
「なっ、アリス!」
「あ、あれはディーンが死んじゃうと思って……」
「いたたた、痛いなのー!」
「コリン?」
 コリンが額を両手で覆い、辛そうに顔をしかめている。
「なんだか魔石(ケントル)が割れそうに痛いなの! アリス、見てなの」
「え……。何ともなってないようだけど」
「でもすっごく痛いなの!」
 コリンはルビー色の瞳をうるうるさせながら、ぴえん顔をして小首をかしげる。
「アリス、ここにキス、して?」
 異常は見られないが、コリンの痛がりように私も不安になる。
 コリンの魔石(ケントル)に目を凝らそうとした瞬間、横からディーンが勢いよく割り込んできた。
「ウソ言ってんじゃねぇよ、このエロ兎型魔獣(ラティブ)!」
「ボクはエロじゃないなのー!」
「おや。言われてみれば」
 キャンキャンとやり合う二人を尻目に、セスが私へグイッと迫ってくる。
「私もまだ傷が癒えていないようで少々傷みますね。アリス、今一度キスをお願いできますか?」
 そのセスの両腕に飛びつき、ディーンとコリンは私から彼を引き剥がす。
「引っ込め新顔!」
「そうなの! 引っ込めなの!」
(何だ、これ~っ!)

 次の瞬間、私は体を室内に引き入れられた思うと、漆黒の腕が扉を目の前でぱたんと閉じた。
「レオポルド?」
「アリスには休養が必要だ」
 そのまま軽々と抱えあげられベッドへ運ばれる。
 私が横たわるのを見届け、パティは椅子から立ち上がった。
「レオポルド、アリスの看病頼むわ。ウチ、ちょっと広場で稼いでくる」
「あぁ、頼まれた」
 扉の向こうからは、三名によるけたたましいブーイングが聞こえてくる。
 パティは扉を開くと、声を張り上げた。
「やっかましいわっ! (うる)そぉしとる奴は、アリスに近寄らせへんからなっ! アリスのお見舞いがしたかったら、えぇ子にしとき!」