「……あ、りす……」
 焦点の合わない目を、ディーンは細める。
「……っぱ、蜥蜴型魔獣(ザーリッド)は……強ぇわ」
 ディーンの体が、徐々に透けていく。
 ディーンの下にあるのシートのしわが見えるほどに。
「い、いやっ!」

 テントの中央では、レオポルドとコリンが蜥蜴型魔獣(ザーリッド)と熾烈な戦いを繰り広げていた。
「コリン! 蜥蜴型魔獣(ザーリッド)の石は右前足中央の爪だ!」
「わかってるなの!!」
 ギュオォオオオ!!と蜥蜴型魔獣(ザーリッド)の雄叫びが轟いた。


 私は半透明になったディーンの体を慌てて抱きしめる。
 ディーンの体越しに、自分の腕が見えた。
「嫌だ! 消えないでよ、ディーン!!」
「……へっ……」
「ディーン!!」
 私は無我夢中でディーンの額の石の傷へ唇を押し付ける。
(お願い! 消えないで、ディーン!)
 涙がぼろぼろとディーンの顔に落ちる。
 ディーンの後頭部を、私は幾度も撫でる。
 まだそこには柔らかな獣毛の感触が確かにあり、ぬくもりも伝わってくる。
 兵器である魔獣に死神の迎えなんてあるかわからないけれど、連れて行かれまいとその体を抱きしめる。
「だめだよ、ディーン。私、ディーンとこれからも楽しく暮らしたいよ! もっと一緒にいてよ!」
「……あ……り、す……。顔、ぐちゃぐちゃ……、やべぇ……笑う……」
 喉の奥で引っかかるような、ディーンの力ない笑い。
 私はもう一度、ディーンの魔石(ケントル)に唇を押し付ける。
(お願い! 割れないで……!!)


「アリス!」
 背後から私を呼ぶ声がした。
 振り返った瞬間、さすまたのようなものが私の喉元を押さえつける。
 それは蜥蜴型魔獣(ザーリッド)の鋭い爪だった。
「がっ!?」
 抱きかかえていたディーンが、私の腕の中から転がり落ちた。

 巨大な蜥蜴型魔獣(ザーリッド)はまるで恐竜だ。
 こちらに向かって大きく口を開き、珊瑚色の(なま)めかしい舌を見せている。
(あ……、セスだ……)
 こんな時だというのに、私の頭にはゲーム『けもめん』のキャラのことが浮かんでいた。
 限界を超えた恐怖が、理性を麻痺させてしまったのかもしれない。
(きれいな真珠色の鱗……、セスそっくりだ……)
 こんな時だというのに、私は目の前の魔獣に魅了されていた。
 私を押さえつける爪すらオパールのように美しく思える。
(中指の爪だけ、紫色なんだ……)
「い……たっ!」
 じりじりと肌に食い込む爪の痛みに顔をしかめた時だった。
「アリス! 中指の爪! 紫色のそれが蜥蜴型魔獣(ザーリッド)魔石(ケントル)だ!」
(え……!)

 レオポルドの声に、私は手放しかけてた意識をかろうじて取り戻す。
 胸元に刺さる、紫の爪の光る指を両手でぐっと持ち上げた。
(これが、魔石(ケントル)なら……!)
 強引に首を捻じ曲げ、私は掠める程度の軽いキスをそこへ落とした。
 白い光が蜥蜴型魔獣(ザーリッド)を包む。
 やがて光の中で、そのシルエットが縮んでいくのが見えた。
(やっ、た……?)
 炎は容赦なくテントの中を舐め、やがて私の側にまでたどり着く。
 焙るような熱さに、私は気を失った。


(……あれ)
 目を開けば、見慣れた天井がそこにあった。
(ここは……)
「目ぇ覚めたか」
「パティ……」
(私たちの、家……)
 身を起こそうと体に力を入れる。
 その瞬間、体のあちこちにビリビリとした痛みが走った。
「いったぁあい!!」
「そらそうや。魔獣の爪痕に火傷やぞ。ホンマ無茶しよるわ」
 ゆっくりと起き上がり、体を見下ろす。
 服のトップスは脱がされ、素肌に包帯がぐるぐると巻かれていた。
 匂いからして、何らかの薬も塗られているようだ。
「……パティ」
「なんや」
「この治療代、いくら請求されるの」
「せやなぁ」
 パティが指を折りながら、3,4と小さく呟く。
 更にもう片方の指を立て7.8と続ける。
「って、ウチをなんや思てんねん!」
 ふいにパティはその仕草を止め、私の肩を手の甲で(はた)いた。
「痛いっ!」
「あ、ごめん。まぁ、今回金は取らんから心配せんでえぇ」
「え、怖」
「なんや? 言うとくけど、かなり高い薬使こたで? お望みやったらきっちり払わせんで?」
 パティのにんまりとした悪人面に、思わず唾を飲む。
「えっと、お手柔らかに……」

 その時、部屋の扉が大きく開いた。