「アリス、大丈夫か?」
「……多分」
ヒカの森に到着し、私はコリンの背中からずり落ちる。
膝がガクガク震えてまともに立てずにいるのを、レオポルドとコリンが両脇から支え、立たせてくれた。もはや、介護状態だ。
「アリス。やはり運ぶのは自分である方が良かったのでは?」
「そんなことないの! アリス、ボクにギュッと抱き着いて、ドキドキしていたの!」
「あー、えっと……」
(それはときめきのドキドキじゃなくて、恐怖の……)
ふと、呉天谷の吊り橋から私を落としたアノヤロウのことが脳裏をかすめた。
(……コリンがあんな男に育たないように、ちゃんと教えなきゃ)
その時、藪の向こうを茶色の生き物が駆けていくのがちらりと見えた。
鼠型魔獣よりもやや明るい色合いで、レンガ色に近いかもしれない。
「今の……」
「犬型魔獣だ」
レオポルドの指先から、鋭い爪がシャキッと出る。
その広い背中に、闘気がゆらりと立ちのぼった。
「あれは哨戒の役目を負う一匹だ。今、奴は我々の存在に気付いたはず。すぐに群れで襲ってくるだろう。コリン」
「何なの?」
レオポルドが私から離れる。
「今すぐアリスを樹の上へ連れていけ」
(え?)
「わかったなの!」
まるでバックドロップをするかのように、背後からコリンの腕が私の胴をがっちり捕らえた。
「え? あ、ちょ」
「えーいっ!!」
心の準備も整わぬうち、打ち上げロケットの様な垂直運動。
私はコリンに背後から抱えられたまま、地面を後にする。
(射出された!?)
やがて、ずんという衝撃と共に動きは止まる。
足の下には何もない、宙ぶらりん状態で。
(これって……)
恐怖と戦いながら私は首を巡らせ、確認できる範囲を見回す。
(なるほど)
コリンは私を抱えたまま、背後にあった高所の枝に飛び乗ったようだ。
私はコリンの二本の腕に支えられ、ぶらさがっている状態である。
(いやいやいやいや!!)
わかってる。
コリンが、華奢に見えてかなり力持ちなのは十分に理解している。
バランスだって崩すことはないだろう。
コリンが私を落とすことも。
けれど今の私は、マンションの三階あたりから吊り下げられている状態なのだ。
怖くないわけがない。
「コリン、あの……」
「あっ!」
コリンが私の肩ごしに下を覗き見る。
(ぎゃあ!?)
バランスを崩しそうな体勢としか思えないのに、なぜかしっかり固定されているのが不思議だ。
私はコリンと共に下を見る。
足下ではレオポルドが犬型魔獣の群れに囲まれ、戦闘が始まっていた。
(お、ぉお……)
何度見ても、戦うレオポルドの姿は猛々しく美しい。
しなやかにうねる、服越しの筋肉美。
舞うような軽いステップに、的確で重い一撃。
円の動きに合わせて弧を描く、漆黒の長い尾。
「カッコよ……」
思わず声が漏れてしまう。
私の胴に回った白い腕がピクリと動き、ハイトーンの声が耳元で炸裂する。
「レオポルド、ボクも戦うなの! 獲物残しておいてなの!」
「コリン、お前はそこでアリスを守るんだ」
一匹、また一匹と仕留めながら、レオポルドがこちらに一瞬目を向ける。
その鋭いペリドット色の輝きに、胸の奥がキュッと疼いた。
「むぅ!」
コリンが耳元で拗ねたような声を出す。
次の瞬間、ギュルンと景色が回ったと思うと、私の足は枝を踏んでいた。
(えっ?)
状況の変化に気づいた私は、慌てて側の樹の幹にしがみつく。
「ちょっ、コリン!? 急に手を離したら危な……」
「ボクも戦うなの!」
コリンは私を樹上へ残し、軽い動きで飛び降りた。
そしてついでとばかりに、いい位置に来ていた犬型魔獣に蹴りを食らわせる。
「えへっ」
コリンは私を振り返り、得意げに笑う。
全身で「誉めて!」と主張しているコリンに、私はコクコクとうなずいてみせた。
二人が戦う姿を樹上から見下ろしながら、私は犬型魔獣を観察する。
(尻尾の近くが、キラキラしてる……)
腰の辺りになるのだろうか。獣毛越しに木漏れ日を反射して光るものがそこにあった。
恐らく、犬型魔獣の魔石はそこにあるのだろう。
(ん? 魔石……)
私は思い出す。
自分が、犬型魔獣を魔獣人化させるつもりでここまで来たことを。
(あーっ!)
「……多分」
ヒカの森に到着し、私はコリンの背中からずり落ちる。
膝がガクガク震えてまともに立てずにいるのを、レオポルドとコリンが両脇から支え、立たせてくれた。もはや、介護状態だ。
「アリス。やはり運ぶのは自分である方が良かったのでは?」
「そんなことないの! アリス、ボクにギュッと抱き着いて、ドキドキしていたの!」
「あー、えっと……」
(それはときめきのドキドキじゃなくて、恐怖の……)
ふと、呉天谷の吊り橋から私を落としたアノヤロウのことが脳裏をかすめた。
(……コリンがあんな男に育たないように、ちゃんと教えなきゃ)
その時、藪の向こうを茶色の生き物が駆けていくのがちらりと見えた。
鼠型魔獣よりもやや明るい色合いで、レンガ色に近いかもしれない。
「今の……」
「犬型魔獣だ」
レオポルドの指先から、鋭い爪がシャキッと出る。
その広い背中に、闘気がゆらりと立ちのぼった。
「あれは哨戒の役目を負う一匹だ。今、奴は我々の存在に気付いたはず。すぐに群れで襲ってくるだろう。コリン」
「何なの?」
レオポルドが私から離れる。
「今すぐアリスを樹の上へ連れていけ」
(え?)
「わかったなの!」
まるでバックドロップをするかのように、背後からコリンの腕が私の胴をがっちり捕らえた。
「え? あ、ちょ」
「えーいっ!!」
心の準備も整わぬうち、打ち上げロケットの様な垂直運動。
私はコリンに背後から抱えられたまま、地面を後にする。
(射出された!?)
やがて、ずんという衝撃と共に動きは止まる。
足の下には何もない、宙ぶらりん状態で。
(これって……)
恐怖と戦いながら私は首を巡らせ、確認できる範囲を見回す。
(なるほど)
コリンは私を抱えたまま、背後にあった高所の枝に飛び乗ったようだ。
私はコリンの二本の腕に支えられ、ぶらさがっている状態である。
(いやいやいやいや!!)
わかってる。
コリンが、華奢に見えてかなり力持ちなのは十分に理解している。
バランスだって崩すことはないだろう。
コリンが私を落とすことも。
けれど今の私は、マンションの三階あたりから吊り下げられている状態なのだ。
怖くないわけがない。
「コリン、あの……」
「あっ!」
コリンが私の肩ごしに下を覗き見る。
(ぎゃあ!?)
バランスを崩しそうな体勢としか思えないのに、なぜかしっかり固定されているのが不思議だ。
私はコリンと共に下を見る。
足下ではレオポルドが犬型魔獣の群れに囲まれ、戦闘が始まっていた。
(お、ぉお……)
何度見ても、戦うレオポルドの姿は猛々しく美しい。
しなやかにうねる、服越しの筋肉美。
舞うような軽いステップに、的確で重い一撃。
円の動きに合わせて弧を描く、漆黒の長い尾。
「カッコよ……」
思わず声が漏れてしまう。
私の胴に回った白い腕がピクリと動き、ハイトーンの声が耳元で炸裂する。
「レオポルド、ボクも戦うなの! 獲物残しておいてなの!」
「コリン、お前はそこでアリスを守るんだ」
一匹、また一匹と仕留めながら、レオポルドがこちらに一瞬目を向ける。
その鋭いペリドット色の輝きに、胸の奥がキュッと疼いた。
「むぅ!」
コリンが耳元で拗ねたような声を出す。
次の瞬間、ギュルンと景色が回ったと思うと、私の足は枝を踏んでいた。
(えっ?)
状況の変化に気づいた私は、慌てて側の樹の幹にしがみつく。
「ちょっ、コリン!? 急に手を離したら危な……」
「ボクも戦うなの!」
コリンは私を樹上へ残し、軽い動きで飛び降りた。
そしてついでとばかりに、いい位置に来ていた犬型魔獣に蹴りを食らわせる。
「えへっ」
コリンは私を振り返り、得意げに笑う。
全身で「誉めて!」と主張しているコリンに、私はコクコクとうなずいてみせた。
二人が戦う姿を樹上から見下ろしながら、私は犬型魔獣を観察する。
(尻尾の近くが、キラキラしてる……)
腰の辺りになるのだろうか。獣毛越しに木漏れ日を反射して光るものがそこにあった。
恐らく、犬型魔獣の魔石はそこにあるのだろう。
(ん? 魔石……)
私は思い出す。
自分が、犬型魔獣を魔獣人化させるつもりでここまで来たことを。
(あーっ!)