私の素人料理が客を呼べているのは、「うま味」を強めに効かせているからだ。
「ウチのエースであるところの、グルタミン酸が……お亡くなりってこと!?」
「誰や、『グルタミンさん』」
「昆布のことだよ!」
「なんや、食べもんに『さん』付けしとるんか。おもろいやっちゃな」
「そっちだって、飴に『ちゃん』つけそうな喋り方してるくせにー!」
「何の話や」
 私はがくりと崩れ落ちる。
「……つまり、この店のお好み焼きバブルは終了ってことか」
 いや、それだけじゃない。
 昆布だしを使うすべての料理が、もう作れなくなるのだ。
「あぁ……、鶏塩鍋、だし巻き卵、浅漬けぇえ……!」
「アリス、元気出しぃ」
「そんなこと言われても~。和食……、私の故郷の味が二度と食べられないかもなんだよ?」
「あんなぁ、ウチを誰や思とるんや?」
「え?」
 パティはフンと反らした胸を、親指でトントンと叩く。
「ウチは行商人やで? 遠出して仕入れてくるんは、ウチの得意とするところやろが」
(あ……!)
「まぁ、そう言うことやから、明日からちょい出かけて来るわ」
「パティ」
「ウチがプレック持って帰ってくるまでは、残念やけど店は休業やな。まぁ、その間はレオらと魔石(ケントル)ハンターでもやっとき」
 私は彼女に飛びつきハグをする。
「パティ、頼りになる!」
「当たり前や。ウチやぞ?」


 翌日、パティは宣言通り海沿いの地域へ向かって旅立った。
 パーカーやネックゲイターなど、レオポルドたちに着せているのと同じ服装一式を、何組か残して。
(さすが)
 彼女が留守の間に魔獣人が増えた場合は、これを使えってことだろう。
 私は自分の荷物の中にそれを詰める。
「じゃあ。レオポルド、コリン、行こっか」
「あぁ」
「はいなの!」
 フードは被ったままだが、今日の二人はネックゲイターを下ろしている。
 店が繁盛したことで、多くの人に二人の顔を見慣れてもらえたのは大きな収穫だった。
 最近では顔を出して歩いていても、怯えられることはない。
 まぁ、仮面だと思われているようだが。
 私たちは『休業』の札を店の扉に下げ、『金の穂亭』へと向かった。


 久々の『金の穂亭』に足を踏み入れた瞬間、マスターが小走りで駆け寄ってきた。
「アリス! 待ってたよ、あんたらを!」
「えっ? 私たちを、ですか?」
「これ! この仕事を引き受けてくれ!!」
 マスターが差し出した複数枚の依頼書を見て、私はぎょっとなる。
(全部、兎型魔獣(ラティブ)討伐の依頼だ……)
 これを引き受けるのはまずい。
 なにせ兎型魔獣(ラティブ)は、コリンが近づいただけで完全な形の魔石(ケントル)を残し消滅してしまうのだから。
 パティからも、出現場所だけチェックして、依頼は受けないよう言われていた。
「えぇと。すみません、これは……」
「もう、あんたらだけが頼りなんだよ! あんたらはこれまで完璧に依頼をこなしてくれているからねぇ」
「いや、兎型魔獣(ラティブ)はちょっと……」
「もう、本当に参ってるんだよ。最近、兎型魔獣(ラティブ)討伐の依頼を受けてくれたハンターたちが、空振りに終わることが多くてね」
 ん? 空振り?
「わざわざ足を運んでも、現地に兎型魔獣(ラティブ)が全くいなくて、無駄足に終わることが度重なったらしくて」
 あ、それって……。
「ハンターは成果に繋がらなきゃ稼ぎにならんだろう? だから、空振り率の高い兎型魔獣(ラティブ)討伐を、避けるハンターが増えちまったんだよ」
(やっばぁ……)

 原因は間違いなく私たちだ。
 完璧な魔石(ケントル)を入手し裏で高額で売るため、情報だけを抜き、他の魔石(ケントル)ハンターに仕事をさせなかったのだから。
 他にもグランファとマドカの間を走り回った際に、結構な数の兎型魔獣(ラティブ)を吸収してしまっている。
 あれも依頼が出ていたとなれば、指定先に獲物がいなかったということになるだろう。
 本来のシステムであれば、エンカウントした魔獣を倒して集めた魔石(ケントル)を換金所に持って行くより、依頼を受けて報酬を受け取る方が、いい金になる。
 なので、情報だけを抜き取って現地に行く人間なんて、いなかったのだろうが。
(これって、この世界の犯罪になったりする? しないよね?)