数日後、私たちの店は無事オープンした。
店の名前は「食事処『けもめん』」。
勿論、私の愛するソーシャルゲームから名前を拝借している。
異世界に来てしまっているので、商標登録だのなんだので揉めることはないだろう。
この店名を付けた瞬間、ここは間違いなく私の居場所となった。
「ぎゃーっ! 二人とも、最っっっ高!!」
私は店員のいでたちとなったケモ達に、奇声を上げる。
「アリス、ボク、似合ってるなの? 可愛いなの? アリス嬉しいなの?」
コリンは軽やかな足取りでくるりとターンして見せ、小首をかしげウィンクをする。
「似合ってる! ぎゃんわいぃい!! 嬉しい!! ハァハァ、抱きしめてもいい? ぎゅーっ!!」
「えへへっ、嬉しいなの!!」
背後から視線を感じる。振り返ると、少し拗ねた顔つきのレオポルドがこちらを見ていた。
「はい、レオポルドも!! ぎゅーっ!!」
「あ、いえ、自分は……」
レオポルドは、わずかに躊躇の姿勢を見せたものの、すぐにおずおずと両手をこちらへ差し出した。
「どうぞ」
「きゃーっ!」
私はレオポルドに勢いよく飛びつき、背中をへし折らんばかりの勢いで締め上げる。
「ぐっふ!」
テンションが上がりすぎて、私の理性は完全に飛んでいた。
ゲーム『けもめん』のカフェイベントの限定衣装そっくりの服一式は、パティが用意してくれた。
二人揃って、白いシャツに黒のぴったりしたパンツ姿。そしてエプロンの色は、レオポルドが茶色で、コリンが濃紺だ。
「ありがてぇ!! 限定衣装、リアルで降臨!! やばい、心臓の動きが限界に!! ハァハァ、呼吸が! 呼吸が死ぬ!! 命助かる!!」
「死ぬんか生きるんか、どっちやねん」
「この幸せの絶頂で死んでもいい!! でも、あと千年見ていたい!!」
「さよか。ほんでな、前にアリス言うてたやん?」
パティは伺うような目線を、ちらりとレオポルドの指先に向ける。
「その、二人の服代をな? アリス、アンタが払ろてくれるって……」
「言い値で買います!! おいくら万カヘでしょうか!?」
「怖いわ! そんなにいらんわ!! 8000カヘや」
「そんな値段でこの二人のこの姿が見られたの!? 三万円つぎ込んでもガチャで来てくれる保証なかったのに!? 実質タダじゃない!?」
「何の話や」
「パティ様! どうぞ、お納めください!!」
私は深々とお辞儀をしつつ、言われた金額を頭上に掲げる。
「お、おぅ」
声に怯えが混じっていたようだが、気にしないことにする。
「なんだここ、新しい店か?」
扉が開き、魔石ハンターと思しきパーティーが入ってきた。
「いらっしゃいませ! お好きなお席にどうぞ」
物珍し気に辺りを見回しながらパーティーはテーブルに向かう。しかし、レオポルドたちの姿が目に入った瞬間、ぎくりと足を止めた。
「ま、魔獣!?」
「兎型魔獣に……黒豹型魔獣!?」
ガタガタと椅子を鳴らしながら後ずさり、彼らは強張った顔つきで武器を構えた。
(あ……)
なんて説明しよう。
レオポルドたちにどうフォローを入れよう。
そんなことを思いつつ、双方を見比べていた時だった。
客の一人が、喉に引っ掛かったような笑い声をあげた。
「って、魔獣が二本足で立ってるわけねぇよな、は、はは……。なんだよ、ソレ、悪趣味な仮面だな」
(仮面?)
「えーっと、彼らは……」
仮面ではないと言おうとした私を押しのけ、パティが進み出た。
「あっははは! どないです? ちょい刺激的でっしゃろ?」
パティは明るく笑いながら、客たちへウィンクする。
「ウチはこういう趣向で行かせてもろてる店ですねん!」
「おいおいおい、いくら何でも趣味が……」
「それにしても、お客さんら度胸据わってますなぁ。先に来たお客さんなんて、一目見た瞬間悲鳴上げて速攻逃げ出しましてな?」
(え?)
先の客などいない。彼らがお客様第一号だ。
パティはいけしゃあしゃあと言葉を続ける。
「それに比べて、お客さんらは魔獣の種類まで特定できるほど落ち着いてはる。さすがやり手のハンターさんは違いますなぁ! もー、めっちゃカッコいい!」
「は、はは。まぁな?」
魔石ハンターたちは徐々に落ち着きを取り戻し、顔には血の気が戻ってきた。
「ここは、魔獣たちがハンターの皆さんに給仕をする店ですねん」
「なるほど……、確かにそれは面白いな」
「でっしゃろ? さぁ、お席にどうぞ! コリン、注文取ってきて!」
「分かったなの!」
キッチンへと戻ってきたパティに私は駆け寄る。
「ちょっと、パティ! 仮面って……」
「今はこれでえぇとしよう」
「でも」
「いきなりは無理や。でも、仮面ってことにすれば」
パティは客席を顎で示す。
「この、『豚の生姜焼き』って?」
「コプルのギーグリム焼きなの!」
「じゃ、じゃあ俺はそれにする」
魔石ハンターたちの顔には、まだ怯えが残ってはいたが、コリンと話が出来ている。
「あぁやって会話も可能や。人として言葉が通じる相手と分かれば、そのうちなんとかなるはずや」
「でも仮面だなんて、嘘を」
「ん? ウチは一言も『仮面です』なんて言うてへんで? あいつらが勝手に勘違いしただけや」
パティが歯を見せて笑った。
「アリス、注文なの!」
コリンがオーダーを読み上げる。
「豚の生姜焼きが二つと、鶏塩鍋が一つと親子丼が一つなの」
「分かった」
店の名前は「食事処『けもめん』」。
勿論、私の愛するソーシャルゲームから名前を拝借している。
異世界に来てしまっているので、商標登録だのなんだので揉めることはないだろう。
この店名を付けた瞬間、ここは間違いなく私の居場所となった。
「ぎゃーっ! 二人とも、最っっっ高!!」
私は店員のいでたちとなったケモ達に、奇声を上げる。
「アリス、ボク、似合ってるなの? 可愛いなの? アリス嬉しいなの?」
コリンは軽やかな足取りでくるりとターンして見せ、小首をかしげウィンクをする。
「似合ってる! ぎゃんわいぃい!! 嬉しい!! ハァハァ、抱きしめてもいい? ぎゅーっ!!」
「えへへっ、嬉しいなの!!」
背後から視線を感じる。振り返ると、少し拗ねた顔つきのレオポルドがこちらを見ていた。
「はい、レオポルドも!! ぎゅーっ!!」
「あ、いえ、自分は……」
レオポルドは、わずかに躊躇の姿勢を見せたものの、すぐにおずおずと両手をこちらへ差し出した。
「どうぞ」
「きゃーっ!」
私はレオポルドに勢いよく飛びつき、背中をへし折らんばかりの勢いで締め上げる。
「ぐっふ!」
テンションが上がりすぎて、私の理性は完全に飛んでいた。
ゲーム『けもめん』のカフェイベントの限定衣装そっくりの服一式は、パティが用意してくれた。
二人揃って、白いシャツに黒のぴったりしたパンツ姿。そしてエプロンの色は、レオポルドが茶色で、コリンが濃紺だ。
「ありがてぇ!! 限定衣装、リアルで降臨!! やばい、心臓の動きが限界に!! ハァハァ、呼吸が! 呼吸が死ぬ!! 命助かる!!」
「死ぬんか生きるんか、どっちやねん」
「この幸せの絶頂で死んでもいい!! でも、あと千年見ていたい!!」
「さよか。ほんでな、前にアリス言うてたやん?」
パティは伺うような目線を、ちらりとレオポルドの指先に向ける。
「その、二人の服代をな? アリス、アンタが払ろてくれるって……」
「言い値で買います!! おいくら万カヘでしょうか!?」
「怖いわ! そんなにいらんわ!! 8000カヘや」
「そんな値段でこの二人のこの姿が見られたの!? 三万円つぎ込んでもガチャで来てくれる保証なかったのに!? 実質タダじゃない!?」
「何の話や」
「パティ様! どうぞ、お納めください!!」
私は深々とお辞儀をしつつ、言われた金額を頭上に掲げる。
「お、おぅ」
声に怯えが混じっていたようだが、気にしないことにする。
「なんだここ、新しい店か?」
扉が開き、魔石ハンターと思しきパーティーが入ってきた。
「いらっしゃいませ! お好きなお席にどうぞ」
物珍し気に辺りを見回しながらパーティーはテーブルに向かう。しかし、レオポルドたちの姿が目に入った瞬間、ぎくりと足を止めた。
「ま、魔獣!?」
「兎型魔獣に……黒豹型魔獣!?」
ガタガタと椅子を鳴らしながら後ずさり、彼らは強張った顔つきで武器を構えた。
(あ……)
なんて説明しよう。
レオポルドたちにどうフォローを入れよう。
そんなことを思いつつ、双方を見比べていた時だった。
客の一人が、喉に引っ掛かったような笑い声をあげた。
「って、魔獣が二本足で立ってるわけねぇよな、は、はは……。なんだよ、ソレ、悪趣味な仮面だな」
(仮面?)
「えーっと、彼らは……」
仮面ではないと言おうとした私を押しのけ、パティが進み出た。
「あっははは! どないです? ちょい刺激的でっしゃろ?」
パティは明るく笑いながら、客たちへウィンクする。
「ウチはこういう趣向で行かせてもろてる店ですねん!」
「おいおいおい、いくら何でも趣味が……」
「それにしても、お客さんら度胸据わってますなぁ。先に来たお客さんなんて、一目見た瞬間悲鳴上げて速攻逃げ出しましてな?」
(え?)
先の客などいない。彼らがお客様第一号だ。
パティはいけしゃあしゃあと言葉を続ける。
「それに比べて、お客さんらは魔獣の種類まで特定できるほど落ち着いてはる。さすがやり手のハンターさんは違いますなぁ! もー、めっちゃカッコいい!」
「は、はは。まぁな?」
魔石ハンターたちは徐々に落ち着きを取り戻し、顔には血の気が戻ってきた。
「ここは、魔獣たちがハンターの皆さんに給仕をする店ですねん」
「なるほど……、確かにそれは面白いな」
「でっしゃろ? さぁ、お席にどうぞ! コリン、注文取ってきて!」
「分かったなの!」
キッチンへと戻ってきたパティに私は駆け寄る。
「ちょっと、パティ! 仮面って……」
「今はこれでえぇとしよう」
「でも」
「いきなりは無理や。でも、仮面ってことにすれば」
パティは客席を顎で示す。
「この、『豚の生姜焼き』って?」
「コプルのギーグリム焼きなの!」
「じゃ、じゃあ俺はそれにする」
魔石ハンターたちの顔には、まだ怯えが残ってはいたが、コリンと話が出来ている。
「あぁやって会話も可能や。人として言葉が通じる相手と分かれば、そのうちなんとかなるはずや」
「でも仮面だなんて、嘘を」
「ん? ウチは一言も『仮面です』なんて言うてへんで? あいつらが勝手に勘違いしただけや」
パティが歯を見せて笑った。
「アリス、注文なの!」
コリンがオーダーを読み上げる。
「豚の生姜焼きが二つと、鶏塩鍋が一つと親子丼が一つなの」
「分かった」