「はー、お腹ぱんぱんや」
 試食係だったパティが、隣のベッドに大の字で転がっている。

 階段を上がって一番奥にあるこの部屋を、私はパティと共に使うこととなった。
 この階にある部屋は四つ。
 かつては、宿屋として使用していたのだろう。
 小ぢんまりとした造りのため、それぞれの部屋に入れられるベッドは二つまで。
 ベッドの枠は十分使えるものであったが、マットは完全に劣化し、シーツは黄ばみ砂にまみれたようにザラザラだったらしい。
 パティは、この家を購入した時点でそれを確認し、人数分の寝具を注文しておいてくれた。抜け目がない。

「レオら、アリスの料理に喜んどったなぁ」
「そうだね」

 パティに言われた後、私は何とか十種類の料理を作り続けた。
 パティに試食させ、味を確認してもらった後の残りは、レオポルドやコリンにバトンタッチした。
 彼らは満腹というものがないのか、渡せば渡しただけ全て食べ尽くしてくれた。

「いけると思うで」
「何が?」
「この店や。アンタの作るもんは、珍しいし確かに美味い」
「良かった」
「おん。それにしても静かやな」
 パティはレオポルドたちがいるはずの隣室の方を見る。
 壁の向こうは静まり返っていた。
「さっきまで、アリス巡って大立ち回りしそうな雰囲気やったのに」
(あはは……)
 そうなのだ。


 部屋割りを決める際、彼らは二人して私と同室がいいと主張し、互いに一歩も譲らなかった。
「やはりアリスの側に侍るのは、自分がいいだろう」
 レオポルドが私の側に立つと肩を抱き、やや強引に引き寄せた。
(びゃあ!?)
 頬が暖かな胸に押し付けられる。肩にかかる大きな手を、つい意識してしまう。
「アリスと過ごした時間は自分の方が長い。この役割は、自分が担うべきだ」
「そんなのずるいの!」
 コリンは私の腕に自分の腕を絡め、レオポルドからもぎ取る。
(おふっ!?)
「ボクだってアリスの側にいたいの。アリスが寒い時は、ボクのもふもふでぬくぬくしてあげるの!」
 モフモフでぬくぬく!?
「ならばやはり、それは自分の役目だ」
 レオポルドが私を背中からガッチリかき抱く。
「自分の方が、体が大きい。アリスの全身をこの身でもって包んでやれる」
 体で全身を包む!?
「ボクならアリスが誰から夜襲を受けても、この足で蹴り殺してやれるの!」
 物騒なこと言った!
「自分も誰であろうと、アリスに害なす者全て、この爪で引き裂いてやれるが?」
 ぎゃあ、兵器の戦闘本能!?
「なら、勝った方がアリスと同じ部屋なの!」
 コリンからあどけなさが消え、戦う意欲剥き出しの獣の(つら)つきとなった。
「レオポルド、真剣勝負なの!」
「いいだろう」
 レオポルドも全身から、触れるだけで切れそうな闘気を纏う。
「受けて立つ!」
(受けて立たないでー!)
 部屋ごと破壊されかねない一触即発の様相。
 どちらを選んでも禍根が残りそうな雰囲気。
「あ、あのさ、二人とも……」
 私はパティとの同室を宣言し、何とか場を収めた。


「あん時は、終わった、(おも)たで」
 パティがハイライトの消えた遠い目をしている。
「アリスがウチを同室に選んだ時の、二人のウチを見る目つき。完全に死刑執行人やったからな」
 昼の間に、仲間だから手を出すなと言っておいてよかった。
「部屋はまだ二つあるし、魔獣人の仲間増やせると思たけど……」
「やった!」
(次は誰にしよう)
 頭の中に『けもめん』のキャラたちが一斉にあふれ出す。
(あの子もいいな。この子もお気に入りだったんだよな)
「けど、これ以上増やしたら面倒なことになりそうやから、やめたほうがえぇかもしれんな」
「なんで!?」
「なんでやないわ。たった二人でさえ、アリス巡ってあのザマやで? 人数増えたら増えただけ、争奪戦が激化するやろ。アンタ、全員に平等に十分にフォローできるんか?」
(ぐっ)
 どこかの国の、「複数の妻を娶ることは許されるが、愛も待遇も品も全員平等にしなくてはならない」というルールを思い出す。
「一人に偏ったらアカンで。贔屓はどんなイザコザを生むか分からん。全員平等にエエ顔しときや」
 あ、なんかこれ知ってる。●●サーの姫ってやつだ。
 迂闊なことすると、サークルクラッシャー、略してサークラと言われるやつだ。
(でも、どうしても最推しのレオポルドに肩入れしちゃうんだよなぁ。気を付けよう)

「まぁ、しばらくは酔いつぶれた客に部屋貸して、宿代を取るのがえぇかもな」
 パティは既に頭の中のそろばんをはじいているようだった。
(外から見た時は、ただボロくてちっちゃい建物と思ったけど)
 今日一日掃除をしてみたところ、造りは頑丈だし、動線も悪くないように思えた。
 あれっぽっちの軍資金でこの物件を見つけてきたパティは、やはり取引上手なのかもしれない。