外での昼食を終え、コリンにサポートされながら、いくらかの食材を購入する。
(さて)
 調理台に並べたのは、干し魚に昆布、塩・小麦粉・卵・キャベツに豚肉スライス、干した小海老。
 もう説明するまでもないだろうが、売っていた時の商品名は違う。
 コリンに「キャベツが欲しい」というと「エカバブ」という商品を示された。
 覚えきれる気がしないので、私はすぐにエカバブを入れた袋に「キャベツ」と書いた。


 干し魚と昆布でだしを取り、そこに卵を投入しよく混ぜる。できた液体に小麦粉を投入。
 今日の献立はお好み焼きだ。
 ただ、お好み焼きソースは勿論のこと、どうやらあの黒くてドロッとしたソース全般この国にはないらしい。なので、塩気を少し多めの生地にしておく。どこかで食べた「ソースなしで食べられるたこ焼き」の応用だ。
 そこへ刻んだキャベツと干し海老、だしを取った後の干し魚と昆布の刻んだものを投入。フライパンに生地を入れ、上にスライスした豚肉を並べる。中までよく火を通して完成だ。

「なんやこれ」
 パティが困惑した表情を浮かべる。初めて見るものだろうから、仕方ない。
 自分でも、見栄えはイマイチな気がする。だが、さっき味見したところ、悪くはなかった。
「アリスのごはんなの!!」
 コリンが嬉しそうに目を輝かせ駆け寄ってきた。
 レオポルドと共に席に着くと、一口大に切ったそれをフォークで口へ運ぶ。そして幾度かの咀嚼の後、二人は揃って幸せそうに頬をほころばせた。
「美味い……」
 しみじみとした口調で、レオポルドが言う。
「温かく、体の隅々まで幸せと力が行きわたる」
「うん、最高なの!」
「……そんなにか?」
 パティは一口分を切り分けると、恐る恐るそれを口に運んだ。
「っ! なんや、これ……!」
 驚きに目を見開いているが、悪い反応ではない。
「え、美味(うま)っ! もちっとした中にざくざくの歯ごたえで。それになんや、この味。じわっとしみる。甘いのんとも、しょっぱいのとも違う。こう、じわって言うか、ほわって言うか」
(ひょっとしたら「うま味」のことを言ってるのかな)
 思い起こせば、ジョナスのいたパーティーのメンバーも、似たような感想を口にしていた気がする。
「うま味」という概念が、この世界でまだ確立されていないのだろう。
 実際の所、野菜や肉などから「うま味」自体は出ているはずだ。けれど私のように、「うま味」を意識し、それを味により効かせようとする人間がいないのかもしれない。
「めっちゃ美味かった! これはいけんで、アリス!」
「そう? なら良かった」
「よっしゃ! じゃ、開店に向けて十品ほど作ってもらおか」
 ……十品?



「疲れたぁ~」
 私はベッドにごろりと身を投げ出した。
 手足がじんじんと痺れている。
(マットも枕も、新品だから固いな)
 これまで宿泊していた『金の穂亭』のベッドに比べ、新しい布団は体が沈まない。
 拒絶するような素っ気なさはあるものの、清潔な匂いがしていた。

 今日は、パティにお好み焼きの味を確認してもらった後、延々と料理をし続けた。
 醤油、味噌なしの制約の中で、和食を。
(助けて、スマホ~)
 ここに来た時に紛失したスマホを、今、切実に求めている。
(料理のレシピサイトに、アクセスさせてー! 醤油、味噌を使わない和食なんて、そんな簡単に思いつかないよー!)
 基本の和風煮物が作れない、味噌汁も作れない。
「和食 塩味」「醤油 作り方」「味噌 作り方」で検索したい。
(ファンタジー小説で、さっさと醤油や味噌を手作りしちゃう主人公、すごすぎない!? なんで、ごくふっつーに頭にレシピが入ってるの? チート(いかさま)! チート(いかさま)ぉお!!)

 ままならぬストレスを、架空の世界の登場人物にぶつける。
(ネット検索できなくても、せめてスマホが手元にあればなぁ……)
 これでも一人暮らしで自炊していたのだ。気に入ったレシピは、スクリーンショットで残してあった。
(あのスクショしておいたものだけでも、手元で見られれば……)
 嘆いても仕方がない。
 分かっているが、以前は当たり前のように手の中にあったものに二度と触れられないのが辛い。