「レオポルドたちと、食事処を……」
 昨夜はもう遅かったため、話の続きは一夜明けてから行った。
 朝食を部屋に持ち込んで。
「せや。そろそろ頃合いやと思ててん」
 根菜多めのサンドイッチ(ニシュドカ)を頬張りながら、パティは言う。
「頃合い?」
「いつまでも、レオとコリンの顔を隠し続けんのも厳しいやろ?」
 私は彼らをふり返る。
 今は二人とも食事のためネックゲイターを下ろし、魔獣の顔をあらわにしていた。
「だけど、パティが最初に言ったんだよ? この姿を見られるのはまずいって。こういう人間、他に見たことないからトラブルになりかねないって」
「だから、や」
 パティは口端にたれたソースを指で掬い取り、口の中へ押し込む。
「このまま隠し続けても、いずれなんらかの拍子で誰かに見られるか分からん。そん時になって、いきなり見た人間はビビるやろし、パニックにもなるやろな」
「だったら」
「だから、徐々に馴染んでいくんや」
「馴染む?」
「ラプロフロス人かて、休戦協定締結直後は『敵や!』てビビられながら、少しずつこの国に溶け込んでいったんやで?」
(あ……)

 私はこれまで見かけたラプロフロス人を思い出した。
 紫の肌に尖った耳、そして額の石。
 一目でわかる「異質」。
 だが今の彼らは、このキハサカイに住人として溶け込んでいるように見えた。
(おんな)じように、レオやコリンも徐々に皆に見慣れてってもらおう思てな。えぇと、コイツらはなんちゅう生き物なん?」
「魔獣の獣人だから、魔獣人かな」
「おん。その魔獣人が接客する、ちょっと珍しい食事処をウチらで立ち上げるんや」
「だからそれは」
「この世界にもアリスみたいに、魔獣人にキャッキャ言う人間が、おらんとも限らんやん? 今まで、存在すらせんかったから、気付きがなかっただけで」
(……いる、のかなぁ)
「店をちょっとしたイベントエリアみたいにするんや。この店に来たら、非日常的な体験できるで、的な」
「それって……」
 コンセプトカフェ、という言葉が脳裏をかすめた。
 メイドカフェ、執事カフェ、お姫様カフェ、アイドルカフェ、忍者カフェなど、普段の生活では味わえない雰囲気を楽しむカフェのことだ。
「そして私たちは、イケモフが接客してくれる食事処を作る……!」
 獣人ホストクラブを日々妄想していた私からすれば、夢のような空間だ。
「私が客なら通う……、通い詰める」
「せやろ?」

「待て。少し冷静になれ、二人とも」
 珍しくレオポルドが異を唱える。
「パティの目指しているものは理解した。だがこの国に、アリスの様にこの姿を受け入れられる寛容な人間が、果たしているだろうか?」
 ごめんなさい。寛容というより、性的嗜好なんです。
「自分は、アリスに迷惑をかけたくない。自分たちが異物として排斥される事態になれば、アリスも巻き添えとなる。それは自分の望むところではない」
「そうなの、それならずっと顔を隠しておくの。ボクはアリスのためなら平気なの!」
「二人とも……」
「泣かせるやん。けどな?」
 パティは神妙な顔で私たちを見回す。
「もしもウチやアリスに何かあってはぐれた時、アンタらだけでやっていけると思うか?」
「自分はアリスの側を離れん」
「心意気の話はしてへんわ。もしも、のことを考えろっちゅーてんねん。顔を隠したままやと、何かとはじき出される可能性はある」
(あ……!)

 マドカで、ことごとく宿泊を断られたことを思い出した。
「社会に馴染めんままどっかの片隅で朽ち果てるか、あるいは元の魔獣に戻ってしまうか……」
「待って、パティ! レオポルドたち元の姿に戻っちゃうの?」
「知らんけど」
 適当か!
「それはともかく、二人にこの世界で生きる術を身につけさせたり、味方や居場所を作っておくことも考えていったらなアカンで」
「味方や居場所……」
「そうや!」
 陥落目前を確信したのか、パティは不敵に笑う。
「それに店を持つっちゅーことは、この国で安定した生活環境を手に入れられるってことやで? いちいち宿屋に泊まらんでもえぇんや。いわば拠点やな!」
(拠点……!)
 これはかなり心が動いた。
「私と……レオポルドとコリンの、家!」
「ふむ、なるほど」
「それはとっても素敵なの!」
「おい。ナチュラルに、ウチをハブんな」
 魔獣人二人とともに目を輝かせた私へ、パティの裏拳(ツッコミ)が入る。
「あと店を持てば、これまで移動する時にいちいち運んどった重い調理器具も、置いて行けるようになるやろ?」
「うっ!」
 割とメリットの大きい提案だ。なかなかのクリーンヒット。
 あ、待って?
 もしかして私たち、今までネカフェ難民みたいな立場だった?

「でも、素顔を出すというのは……」
「煮え切らんやっちゃな」
「だって、レオポルドたちはやっぱりここでは異質なんでしょ?」
 私は彼らが好きだ。あの獣毛に覆われた体もマズルの長さも、特有の形の耳や尻尾も愛している。あの見た目だからこそ愛してる。
 けれど一方で知っているのだ。
 私はケモナーということで、理解できない気味の悪い人間として扱われることがたびたびあった。
 理解できない存在にのぼせ上がる、異常な人間として白眼視され、嗤われて。
 大切なケモ達を、あの視線に晒させたくない。
「異質、なぁ」
 パティはサンドイッチ(ニシュドカ)を食べ終え、手をさっとぬぐった。
「そこは逆に思い切って、もう一個の異質をぶちこんでまうんや」
「もう一個の異質って?」
「アリスの料理」
「私の!?」