朝食を終えた後、私たちは一階の酒場に降り、掲示板の前に立った。
(えぇと、今日は猫型魔獣と鴉型魔獣と、兎型魔獣……)
すっかり慣れた手つきで依頼書を剥がそうとした私の手を、横合いから伸びて来た別の手が止めた。
「それ、取ったらアカン」
パティは小声で言って、私の手を『兎型魔獣退治 ウルホ湖 7000カヘ』と書かれた紙から遠ざける。
「なんで?」
「なんでて、アンタがよぉ知っとるやろ。そこにコリン連れてったらどうなるか」
(あ)
そうだ。
兎型魔獣にコリンを近づければ、吸収されてしまう。完全な形の魔石だけを残して。そうなると、討伐の証である砕いた魔石を提出できなくなるのだ。
正確には提出できなくはないが、裏ルートで高値が付くものを、わざわざ砕いて格安で売り払う羽目になってしまう。
「えぇか、どこで兎型魔獣が出現したか、場所だけこっそり記憶しとき。依頼は受けんな。依頼とは関係ない所で討伐して、石を稼ぐ」
「分かった」
私たちはコソコソと頷き合い、掲示板の前から離れる。
依頼を受けて現地に赴いた魔石ハンターが空振りすることになるが、そこは心の中で謝っておいた。
「おぉい、アリス!」
『金の穂亭』を後にした私たちを、マスターの声が追いかけて来た。
その手には、先ほどの兎型魔獣討伐の依頼書がひらめいている。
「こいつも頼むぜ。お前さんなら問題なくいけるだろ」
「えぇと、それは……」
「あー、アカンアカン!」
パティは私の肩に手を回すと、マスターに向けてもう片方の手をぱたぱた振る。
「その依頼は、アリスらには荷が重いて」
「そんなわけないだろう。この間だって、依頼を完遂していたぞ?」
「今日は無理なんやて。そんじゃ行ってくるわ」
まだ何か言いたそうなマスターを振り切り、私たちは『金の穂亭』を出た。
「あの依頼を誰かが受ける前に、ウルホ湖に行っといで! 他の依頼はそれが終わってからでえぇ」
広場に着くと、パティは店を広げた。
「依頼を終えたらここに戻って来ぃ。ウチはここで商売しながら待っとる」
「分かった」
「裏の換金所には、ウチと一緒やないと行かれへんからな。自分らだけで行こうとしても無駄やで」
「!」
彼女の言葉に、先日あの店に到達できなかったことを思い出す。
「パティ、それって……」
「説明は帰ってきてからや。早くウルホ湖行かんと、誰かが兎型魔獣を先にやっつけてまうで!」
犬でも追い払うように、パティは私に向けて手の甲をシッシッと動かす。
少しムッときたが、確かに獲物を先に狩られてしまってはまずいと思った。
「分かった。行こう、レオポルド、コリン!」
「行っくなのーー!!」
目的地で標的である兎型魔獣を発見した瞬間、コリンは元気よく駆け出した。
危険を察してか、白い魔獣たちは慌てて逃げ出す。
「あははは、待て待てなのー!」
コリンは心底楽しそうに兎型魔獣を追いかけ回す。一定の距離まで追いつかれた兎型魔獣は次々と光に変わり、コリンの中へと吸収されていった。
「絶対に逃がさないなのー!」
きっと、コリンの通過した場所には、完全な形の赤い石が落ちているのだろう。
「あとで全部きちんと回収しなきゃね。誰かに拾われたら大変」
「そうだな。自分たちがいれば、見落とすことはない。安心しろ」
「うん、頼りにしてる」
元気に駆け回るコリンを二人で見守りながら、私はふと思う。
(なんだか今の私たち、子どもの運動会を見ている夫婦っぽくない!?)
レオポルドと夫婦、そう考えただけでドキドキしてしまう。
(子どもの運動会を見に来る夫。いつものスーツ姿とは違うラフな格好だけど、元々の体格がいいから普段と違う魅力があって……)
ほわんほわんと妄想に浸る。徒競走で頑張るコリンに声援を送る私たち。シートを敷き、一緒にお弁当を食べる私たち。
ハッと我に返ると、レオポルドが私をじっと見ていた。
「な、何?」
「アリスが笑っているな、と」
「そ、そう?」
よだれが出てなかったか、慌てて口元を確認する。
「アリスが幸せそうだと、自分も嬉しい」
(ぴゃあぁああ~っ!)
優しく細められる目、その陰で光るペリドット色の瞳、甘く静かなビターボイス!
(はぁあ、こんな理想を具現化した存在と、私は今、並んで立っている!! 同じ空気を吸っている!!)
「そ、そうそう」
このまま妄想に浸っていると頭が沸騰してしまいそうだったので、私は意識をコリンに向ける。
「魔獣と言えば、人を見れば襲い掛かってくるものだと思っていたけれど。あの兎型魔獣はコリンから逃げるのね」
「自分らは、仲間である魔獣の気配はすぐ分かる。兎型魔獣にとって、コリンはよく知る気配を持ちながら、自分たちを狩ろうとする謎の存在だ。近づきたくないのだろう」
「吸収されちゃうしね」
「あぁ」
その時、私の指先が獣毛に覆われたレオポルドの手に当たる。
(あっ)
引こうとした手は、素早く大きなてのひらにすくわれていた。ごく自然な動きで私たちの手は、指を互い違いに絡めた形に結び合う。
(これって、恋人繋ぎ!)
ドキドキしながら、隣に立つイケ獣人をそっと見上げる。レオポルドは満足気に目を細め、遠くへ視線を向けていた。
(えぇと、今日は猫型魔獣と鴉型魔獣と、兎型魔獣……)
すっかり慣れた手つきで依頼書を剥がそうとした私の手を、横合いから伸びて来た別の手が止めた。
「それ、取ったらアカン」
パティは小声で言って、私の手を『兎型魔獣退治 ウルホ湖 7000カヘ』と書かれた紙から遠ざける。
「なんで?」
「なんでて、アンタがよぉ知っとるやろ。そこにコリン連れてったらどうなるか」
(あ)
そうだ。
兎型魔獣にコリンを近づければ、吸収されてしまう。完全な形の魔石だけを残して。そうなると、討伐の証である砕いた魔石を提出できなくなるのだ。
正確には提出できなくはないが、裏ルートで高値が付くものを、わざわざ砕いて格安で売り払う羽目になってしまう。
「えぇか、どこで兎型魔獣が出現したか、場所だけこっそり記憶しとき。依頼は受けんな。依頼とは関係ない所で討伐して、石を稼ぐ」
「分かった」
私たちはコソコソと頷き合い、掲示板の前から離れる。
依頼を受けて現地に赴いた魔石ハンターが空振りすることになるが、そこは心の中で謝っておいた。
「おぉい、アリス!」
『金の穂亭』を後にした私たちを、マスターの声が追いかけて来た。
その手には、先ほどの兎型魔獣討伐の依頼書がひらめいている。
「こいつも頼むぜ。お前さんなら問題なくいけるだろ」
「えぇと、それは……」
「あー、アカンアカン!」
パティは私の肩に手を回すと、マスターに向けてもう片方の手をぱたぱた振る。
「その依頼は、アリスらには荷が重いて」
「そんなわけないだろう。この間だって、依頼を完遂していたぞ?」
「今日は無理なんやて。そんじゃ行ってくるわ」
まだ何か言いたそうなマスターを振り切り、私たちは『金の穂亭』を出た。
「あの依頼を誰かが受ける前に、ウルホ湖に行っといで! 他の依頼はそれが終わってからでえぇ」
広場に着くと、パティは店を広げた。
「依頼を終えたらここに戻って来ぃ。ウチはここで商売しながら待っとる」
「分かった」
「裏の換金所には、ウチと一緒やないと行かれへんからな。自分らだけで行こうとしても無駄やで」
「!」
彼女の言葉に、先日あの店に到達できなかったことを思い出す。
「パティ、それって……」
「説明は帰ってきてからや。早くウルホ湖行かんと、誰かが兎型魔獣を先にやっつけてまうで!」
犬でも追い払うように、パティは私に向けて手の甲をシッシッと動かす。
少しムッときたが、確かに獲物を先に狩られてしまってはまずいと思った。
「分かった。行こう、レオポルド、コリン!」
「行っくなのーー!!」
目的地で標的である兎型魔獣を発見した瞬間、コリンは元気よく駆け出した。
危険を察してか、白い魔獣たちは慌てて逃げ出す。
「あははは、待て待てなのー!」
コリンは心底楽しそうに兎型魔獣を追いかけ回す。一定の距離まで追いつかれた兎型魔獣は次々と光に変わり、コリンの中へと吸収されていった。
「絶対に逃がさないなのー!」
きっと、コリンの通過した場所には、完全な形の赤い石が落ちているのだろう。
「あとで全部きちんと回収しなきゃね。誰かに拾われたら大変」
「そうだな。自分たちがいれば、見落とすことはない。安心しろ」
「うん、頼りにしてる」
元気に駆け回るコリンを二人で見守りながら、私はふと思う。
(なんだか今の私たち、子どもの運動会を見ている夫婦っぽくない!?)
レオポルドと夫婦、そう考えただけでドキドキしてしまう。
(子どもの運動会を見に来る夫。いつものスーツ姿とは違うラフな格好だけど、元々の体格がいいから普段と違う魅力があって……)
ほわんほわんと妄想に浸る。徒競走で頑張るコリンに声援を送る私たち。シートを敷き、一緒にお弁当を食べる私たち。
ハッと我に返ると、レオポルドが私をじっと見ていた。
「な、何?」
「アリスが笑っているな、と」
「そ、そう?」
よだれが出てなかったか、慌てて口元を確認する。
「アリスが幸せそうだと、自分も嬉しい」
(ぴゃあぁああ~っ!)
優しく細められる目、その陰で光るペリドット色の瞳、甘く静かなビターボイス!
(はぁあ、こんな理想を具現化した存在と、私は今、並んで立っている!! 同じ空気を吸っている!!)
「そ、そうそう」
このまま妄想に浸っていると頭が沸騰してしまいそうだったので、私は意識をコリンに向ける。
「魔獣と言えば、人を見れば襲い掛かってくるものだと思っていたけれど。あの兎型魔獣はコリンから逃げるのね」
「自分らは、仲間である魔獣の気配はすぐ分かる。兎型魔獣にとって、コリンはよく知る気配を持ちながら、自分たちを狩ろうとする謎の存在だ。近づきたくないのだろう」
「吸収されちゃうしね」
「あぁ」
その時、私の指先が獣毛に覆われたレオポルドの手に当たる。
(あっ)
引こうとした手は、素早く大きなてのひらにすくわれていた。ごく自然な動きで私たちの手は、指を互い違いに絡めた形に結び合う。
(これって、恋人繋ぎ!)
ドキドキしながら、隣に立つイケ獣人をそっと見上げる。レオポルドは満足気に目を細め、遠くへ視線を向けていた。