オレンジ色のポニーテールを揺らしながら、パティはジョナスに馬乗りになると、胸倉を掴んで揺さぶった。
「アリスはなぁ! アンタごときが、やすやすと嫁さんにしてえぇ子やないんやで!! この子はなぁ! 唯一無二! 誰一人として替えのきかん子なんや!!」
「パティ!?」
 私の声に、パティがギクリと肩を揺らす。そして気まずげに、不器用な笑みを浮かべた。
「お、おぅ。久しぶりやな、アリス。これはな……」
「パティ!!」
 私はパティの首に飛びついた。
「おぶぁっ!?」
「いつ帰ってきたのよ!? 急に姿を消すからびっくりしたんだからね!?」
「いや、先に姿消したん、アンタやん」
「そうだけど! 次に会えるのが数年後かもしれないって聞いて、私……!」
 ぼろぼろと涙が頬を伝う。
「ごめん、ごめんね、パティ! 私、パティがどれだけ私たちのために頑張ってくれていたか、理解してなかった。パティがいなくなって初めて、パティの存在の大きさに気付いたの」
「おぅ……」
「パティ。私、また前のように、パティと一緒にいたい。だめかな? もう、許してもらえないかな?」
「……別に、許すとか許さんとか」
 パティは私から目を逸らし、ぽりぽりと頬をかいている。
「そこまで言うなら、仲良ぉしたってもえぇ、かな……」
「パティ! ありがとう! ごめんね!」
「あのぉ……」

 パティの尻の下から、か細い声が聞こえて来た。
「どいてもらっていい?」
(あ……)
 ジョナスの存在を完全に忘れ去っていた。
 パティが腰を上げると、ジョナスはのそのそとその下から抜け出した。
「えぇと、ジョナス。さっきの話だけど」
「いや、もう分かったんで」
(分かった?)
 服のほこりを払い落しながら、ジョナスは立ち上がる。そして荷物を背負うと振り返り、涙を浮かべた目でこちらを見た。
「アリスには心に決めた人がいたんだね。俺、潔く身を引くよ!」
(え?)
「思い出と、美味いトロイストをありがとう!」
 キラキラと朝日に涙を光らせながら、ジョナスは店から飛び出していった。
 取り残された私たちは、顔を見合わせる。
「……なんや、妙な誤解して去って行ったけど、えぇんか?」
「うん、別に。むしろ穏便に諦めてくれて、助かったかも」


「っちゅーわけで、うぃーっす!」
 四人分のニシュドカを手に、私とパティは部屋に戻る。
「今日からまた、ご一緒させてもらうわ」
 ひらひらと手を振るパティに、ケモ達は怪訝な表情を浮かべる。
「あれ? 二人とも、パティのこともう忘れちゃった?」
「いや、忘れてはいない。だが、もういいのかと思ってな」
「もういい?」
「パティ、ボクたちがここに戻って来た日、マスターの足元にいたのなの!」
「あぁ、カウンターの影にな。もう隠れなくていいのか」
「え?」
「ちょ、ちょぉおい!!」
 パティが焦った表情で大きく手を振る。
「な、何言うとんねん! アカンで、そないな嘘言うたら!」
「嘘じゃないなの」
「あぁ、ずっと近くでこの女の匂いがしていたからな」
「部屋もすぐ近くだったなの。二つ隣の部屋に泊まっていたなの」
(なんだってー!?)
「パティ?」
「ちゃうて! ちゃうんやって!」
 パティの目は完全に泳いでいる。どちらが本当のことを言っているか、一目瞭然だった。
「レオポルド、コリン! 知っているなら、なぜ教えてくれなかったの?」
「知りたかったのか、すまない」
「アリス、パティを放っておくようにボクたちに言ったなの!」
 言ったねー。
 なるほど。
 パティが今どこにいるか、聞けば二人とも教えてくれたのかー、そっかー。
「パティ、どうして姿を消したふりをしたの?」
「いや、ほら、顔を合わすんが気まずいっちゅーかぁ……」
「アリスの中で価値が最高潮になるまで隠れてるって、言ってたなの!」
「ちょ!?」
「あぁ、マスターとそう話していた。泣いて足元に身を投げ出して拝むまで、とも」
「全部聞こえとったんかい!」
「パティ……」
「ちゃうちゃうちゃう! ちゃうんやて!! これは……!!」
 私はパティにハグをする。
「ふぇ!?」
「……いいよ。遠くに行ったんじゃないなら、良かった」
「アリス……」
 パティの体からこわばりが徐々に取れる。
 やがて、耳の側で照れくさそうな声がした。
「その……。また、よろしゅう頼むわ」