埃っぽい板の間で、レオポルドやコリンと身を寄せ合って眠る一夜が明けた。
 3人揃って、お腹がクルクルといい音を立てている。
(朝食をどこかで手に入れたいけど……)
 この世界の宿屋は『金の穂亭』だけでなく、一階が酒場、二階が宿泊部屋という造りなっているのがスタンダードのようだ。
 素性を怪しまれ宿泊を断られた場所に、食料調達に出向くのは酷く気まずく思えた。
 私たちは空腹を抱えたまま、食材が置いてある店が開くのを待った。

(あっ!)
 広場に出てみると、既にいくつかの屋台が出ていた。
「すみません、こちらでは何を売ってますか?」
 私は、早々にいい匂いを漂わせている店へと駆け寄る。
「アクテス串だよ」
(アクテスと言えば私の世界で言うステーキ、つまりステーキ串!)
 レオポルドのために毎日注文していたメニューだったため、さすがに覚えた。
「それを、えぇと、レオポルドどれくらい食べる?」
「10本は欲しいところだ」
「ボクも3本食べたいなの!」
「分かった。私も食べるから、すみません、14本お願いします!」
 注文をすると、気のいいあんちゃんと言った風の店員は、日焼けした顔をニカッとほころばせた。
「あいよっ。朝から豪快に行くねぇ」

 大量に購入したステーキ串を、私たちは胃の腑に納める。
「デザートにフルーツがあったらな」
 そんな私のつぶやきを、コリンは耳ざとく拾った。
「フルーツ? 何が欲しいなの?」
「え? えぇと、リンゴとか……」
「こっち!」
 コリンは私の手を引き、色とりどりの食材の並ぶ露店へと走る。
 そして『イパープル』と書かれた箱に並ぶ濃紅色の丸いものを、迷わず手に取った。
「リンゴ、これなの!」
「わ、ちゃんとあるんだ」
「ボクも食べるなの!」
 代金を支払い、二人で行儀悪くその場でかぶりつく。
 みずみずしく甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。間違いなく、私のよく知るリンゴの味だった。
 が、齧りついた箇所に目をやった瞬間、私は小さい悲鳴をあげる。
「えっ? 何これ!」
 果肉は、皮の部分と同じ濃紅色だった。滴る果汁も血のように赤い。
「これ、本当にリンゴ?」
「そうなの!」
 コリンの口の周りの白い毛は、赤い汁でうっすらと染まっていた。
「でも、私の知ってるリンゴとはちょっと……」
「ちょいと、なんだい、アンタ?」
 露店の太った女店主が出て来て、私を睨む。
「ウチの商品にケチつけようってのかい?」
「あぁあっ、すみません! えっと、あの、私、別の国から来たばかりで」
「別の国?」
「えぇ、それで私の知るリンゴと言ったら、中が黄色かったものですから」
「なんだいそりゃ、気味の悪い。だいたいそれはリンゴじゃなくてイパープルだよ」
「あっ、はい、そうですね。すみません。味はすっごく美味しいです!」
「当たり前さね」
 店主はまだ少しぷりぷりとしながら、店の奥へと引っ込んでいった。
(びっくりした)
 店主のこともそうだが、主に中まで真っ赤なリンゴにだ。
(この国の食材は、私の知るものと違うのかな?)
 これまで食事は酒場を利用していたため、気付いていなかった。

 改めて露店を見れば、見たことのない形や色のものばかり並んでいる。
「コリン、ここってフルーツのお店なんだよね?」
「そうなの!」
「じゃあ、……バナナなんてある?」
「あるなの!」
(あるんだ!)
 あれは南国でしか育たない果物だと思っていたが、この世界ではそうとも限らないのだろうか?
 もしくは貿易が想像以上に進んでいるのだろうか。

「これなの」
「えっ?」
 コリンが手に取ったのは、洋ナシの様な形をした紫の、例えるなら茄子によく似たものだった。
(これが、バナナ?)
 代金を払うと、先ほどの女店主はむすっとしたままナイフを取り出す。
「これの食べ方、分かってんのかい?」
「えっと、皮を手で剥いて?」
「……ハァ」
 ため息を一つつき、女店主は器用にくるくるとナイフで皮を剥く。そして現れた白い果肉を一口大に切り、小皿に入れるとこちらへ手渡してきた。
「手で剥けるもんかい」
「あっ、はい。すみません、いただきます」
 少しびくつきながら、私は一つを口に運ぶ。
(バナナだ!)
 甘くクリーミーでねっとりとしていて。見た目は違ったが、味も食感もバナナそのものだった。
「美味いだろ」
「はい、とても!」
「当たり前さね」
 先程よりは幾分柔らかくなった店主の声のトーン。その顔には不器用ながら笑みが浮かんでいた。

 日が昇るにつれ、広場の屋台や露店は徐々に増えていった。
 その中にはラプロフロス人が店主をしているものももあった。客の様子はと言えば、特にわだかまりなどないようで、その店から商品を買っている。
(あの人たち、普通にこの社会に馴染んでるんだな)

 私は様々な店を回り、食材の名前を挙げ、それがここにあるかどうかをコリンに尋ねる。驚くべきことに、コリンは次から次へとその問いに答えてくれた。
(不思議……)
 私が「トマト」と言えば「マォット」の実を指し示し、「にんじん」と言えば「オラクト」と書かれた野菜を手に取る。それぞれ見た目は私の知るものとやや異なるものの、味や食感は完全に一致していた。
「コリンは私が日本語で言っても、どんなものを欲しがっているのか分かるの?」
「そうなの!」
 コリンは嬉しそうに目を細める。
「アリスの心やイメージ、ちゃんと伝わってきて分かっちゃうの!」
(自動翻訳機能つき!?)
 これも私が魔石(ケントル)にキスした時に伝わった情報の一部なのだろうか。
「もしかして、レオポルドも?」
「いや、自分は……」
 レオポルドは首を横に振る。
「これに関しては全く力になれそうにない。すまない」
「あっ。ううん、いいの」
『けもめん』の兎獣人のコリンも、料理が得意な少年だった。
(そんな部分まで影響出ちゃうのかな)

 この日の私たちは夕食に備え、調理道具や食材を買って回るだけに終わった。