疑問は、すぐに氷解した。
「そういうことか……」
今、コリンの足元に数個の赤い魔石が転がっている。傷一つない、完全な形の、兎型魔獣のものだ。
ここウルホ湖では戦闘など起きなかった。私たちが兎型魔獣の群れを見つけ、近づいただけで、それらは全て金色の光に変化し、コリンの中へと吸い込まれたのだ。
(コリンは兎型魔獣しか吸収しない。つまり同種のものだけが、こうなるってことか)
まだコリンでしか確認できていない現象のため、確証はないけれど。
(他の魔獣も魔獣人にしてしまえば、同じことが起こるのかな)
これまで討伐してきた魔獣が頭に浮かぶ。
(鼠型魔獣や猫型魔獣もキスで魔獣人に変えてしまえれば、それらの魔石も完全な形で?)
にまぁ、と頬が緩む。
(鼠型と猫型のショタ魔獣人も仲間に出来た上で?)
『けもめん』にいたそれぞれの造形を思い浮かべる。
(最高じゃない!)
この世界に来たばかりの時は一文無しで、パティからの借金に負い目を感じながら過ごす毎日だったけど。
(いける! これならパティがいなくても余裕でやっていける!!)
この世のあまねく魔獣にキスをして魔獣人に変え、完璧な魔石でがっぽがっぽ稼ぐイケモフパラダイスの日々!!
(魔獣に苦しめられている人も救えるし、いいことづくめじゃない! 最高!!)
が、「金の穂亭」で魔石の提出をした際、一つ問題が起きてしまった。
「こっちが猫型魔獣で、鼬型魔獣で……。ん? アリス、兎型魔獣の石はどうした? 依頼は失敗か?」
(しまったぁあ! そうだった!)
兎型魔獣は全てコリンが吸収したため、今日入手した石は全て傷一つない完全な形のものばかり。
(あの裏通りにあった換金所のおじさん、確か言ってたよね。これが表に出回れば大騒ぎになる、って)
ならばここに出すわけにはいかない。
(一旦移動して、どこか物陰で粉々に砕いてから提出する? でもそれじゃ……!)
今日手に入れたものは全部で6個ある。あの店へ持って行けば12万カヘだ。けれどこちらで受けた「兎型魔獣討伐」の報酬はたったの8000カヘ。
(12万を捨てて8000カヘ受け取るのはいやぁああ!)
そんなことになるくらいなら、依頼を失敗したことにした方がましだ。たとえ魔石ハンターとしてのランクを下がるとしても!
「えっと、ごめんなさい。実は兎型魔獣のは……」
『失敗しました』、そうマスターに告げようとした時、背中をつつく指があった。
「何、レオポルド?」
「アリス、これを」
レオポルドが差し出す袋を受け取り、中を見る。そこには砕けた赤い魔石が詰まっていた。
(あ! そっか!)
昨日、完全な形のものが裏通りの店で大金に変わった衝撃で、すっかり存在を忘れていた。コリンがこの姿を得るより前に、レオポルドが数体の兎型魔獣を倒していたことを。そこで砕いた石も回収していたことも。
(レオポルド、ナイスアシスト!)
「失敗なんてあんたららしくもないが。じゃあ、この依頼はキャンセルってことで……」
「あーっ、マスター! ありました! ちゃんと倒してきました、兎型魔獣!」
私は砕けた赤い魔石の詰まった袋をカウンターに置く。
「なんだ、やってくれてんじゃないか。依頼主に残念な報告しなきゃならんと思ったぞ」
「す、すみませぇん。ついうっかり忘れてて」
「忘れてた? 魔獣を倒したことを忘れてたってのか?」
「えへへ……」
「たいしたタマだぜ、全く。あんたらにとっちゃ、その程度のもんってことかねぇ」
言いながら、マスターは報酬をカウンターへと並べた。
「ところでアリス、あんたパティとケンカでもしたのかい?」
「えっ?」
2万2000カヘを財布へ入れようとした私に、マスターが問いかけてくる。
「いや、昨日、突然部屋を分けろなんて言うからよ。パーティー追放ってやつかい?」
それじゃ私らが悪役で、パティにざまぁされる立場じゃない!?
「違います。単純に借金を返済し終えたからです」
「借金?」
「はい。私、彼女に借金してたんです。それで、返すまでは逃がさんって言われてて」
「はは、パティらしいな」
「一緒にいた理由はそれだけです。パーティーでもなんでもなく。だから完済した今、彼女と一緒にいる理由はありません。ただの債権者と負債者の関係ですから」
私がきっぱり言うと、マスターは少し困ったような顔つきになり、カウンターへ頬杖をついた。
「つれない言葉を使うねぇ。わしの目には、あんたら結構仲がよさそうに映ったがな」
「……」
「おっと、余計な口出しだったな。悪い悪い。ただ、パティのやつがかなり寂しそうにしてたからよ。あいつのことは昔から知っているし、つい気になっちまってな。まぁ、あんたらにはあんたらの事情があるんだろうさ。それで、今夜も泊っていくかい?」
「いえ、今から隣の町へ移動しようと思います」
マスターが驚いたように姿勢を戻す。
「今から出発したら、着くのは夜中過ぎちまうぞ?」
「私たちがいると、またパティが騒ぎを起こすかもしれませんので」
マスターは昨夜の騒ぎを思い出したのか、苦笑いをする。
「あー、ははは……、あれなぁ。うん、分かった」
「それじゃ、お世話になりました」
「おう、またいつでも来てくれ」
私たちはマスターに手を振り『金の穂亭』を後にした。
「そういうことか……」
今、コリンの足元に数個の赤い魔石が転がっている。傷一つない、完全な形の、兎型魔獣のものだ。
ここウルホ湖では戦闘など起きなかった。私たちが兎型魔獣の群れを見つけ、近づいただけで、それらは全て金色の光に変化し、コリンの中へと吸い込まれたのだ。
(コリンは兎型魔獣しか吸収しない。つまり同種のものだけが、こうなるってことか)
まだコリンでしか確認できていない現象のため、確証はないけれど。
(他の魔獣も魔獣人にしてしまえば、同じことが起こるのかな)
これまで討伐してきた魔獣が頭に浮かぶ。
(鼠型魔獣や猫型魔獣もキスで魔獣人に変えてしまえれば、それらの魔石も完全な形で?)
にまぁ、と頬が緩む。
(鼠型と猫型のショタ魔獣人も仲間に出来た上で?)
『けもめん』にいたそれぞれの造形を思い浮かべる。
(最高じゃない!)
この世界に来たばかりの時は一文無しで、パティからの借金に負い目を感じながら過ごす毎日だったけど。
(いける! これならパティがいなくても余裕でやっていける!!)
この世のあまねく魔獣にキスをして魔獣人に変え、完璧な魔石でがっぽがっぽ稼ぐイケモフパラダイスの日々!!
(魔獣に苦しめられている人も救えるし、いいことづくめじゃない! 最高!!)
が、「金の穂亭」で魔石の提出をした際、一つ問題が起きてしまった。
「こっちが猫型魔獣で、鼬型魔獣で……。ん? アリス、兎型魔獣の石はどうした? 依頼は失敗か?」
(しまったぁあ! そうだった!)
兎型魔獣は全てコリンが吸収したため、今日入手した石は全て傷一つない完全な形のものばかり。
(あの裏通りにあった換金所のおじさん、確か言ってたよね。これが表に出回れば大騒ぎになる、って)
ならばここに出すわけにはいかない。
(一旦移動して、どこか物陰で粉々に砕いてから提出する? でもそれじゃ……!)
今日手に入れたものは全部で6個ある。あの店へ持って行けば12万カヘだ。けれどこちらで受けた「兎型魔獣討伐」の報酬はたったの8000カヘ。
(12万を捨てて8000カヘ受け取るのはいやぁああ!)
そんなことになるくらいなら、依頼を失敗したことにした方がましだ。たとえ魔石ハンターとしてのランクを下がるとしても!
「えっと、ごめんなさい。実は兎型魔獣のは……」
『失敗しました』、そうマスターに告げようとした時、背中をつつく指があった。
「何、レオポルド?」
「アリス、これを」
レオポルドが差し出す袋を受け取り、中を見る。そこには砕けた赤い魔石が詰まっていた。
(あ! そっか!)
昨日、完全な形のものが裏通りの店で大金に変わった衝撃で、すっかり存在を忘れていた。コリンがこの姿を得るより前に、レオポルドが数体の兎型魔獣を倒していたことを。そこで砕いた石も回収していたことも。
(レオポルド、ナイスアシスト!)
「失敗なんてあんたららしくもないが。じゃあ、この依頼はキャンセルってことで……」
「あーっ、マスター! ありました! ちゃんと倒してきました、兎型魔獣!」
私は砕けた赤い魔石の詰まった袋をカウンターに置く。
「なんだ、やってくれてんじゃないか。依頼主に残念な報告しなきゃならんと思ったぞ」
「す、すみませぇん。ついうっかり忘れてて」
「忘れてた? 魔獣を倒したことを忘れてたってのか?」
「えへへ……」
「たいしたタマだぜ、全く。あんたらにとっちゃ、その程度のもんってことかねぇ」
言いながら、マスターは報酬をカウンターへと並べた。
「ところでアリス、あんたパティとケンカでもしたのかい?」
「えっ?」
2万2000カヘを財布へ入れようとした私に、マスターが問いかけてくる。
「いや、昨日、突然部屋を分けろなんて言うからよ。パーティー追放ってやつかい?」
それじゃ私らが悪役で、パティにざまぁされる立場じゃない!?
「違います。単純に借金を返済し終えたからです」
「借金?」
「はい。私、彼女に借金してたんです。それで、返すまでは逃がさんって言われてて」
「はは、パティらしいな」
「一緒にいた理由はそれだけです。パーティーでもなんでもなく。だから完済した今、彼女と一緒にいる理由はありません。ただの債権者と負債者の関係ですから」
私がきっぱり言うと、マスターは少し困ったような顔つきになり、カウンターへ頬杖をついた。
「つれない言葉を使うねぇ。わしの目には、あんたら結構仲がよさそうに映ったがな」
「……」
「おっと、余計な口出しだったな。悪い悪い。ただ、パティのやつがかなり寂しそうにしてたからよ。あいつのことは昔から知っているし、つい気になっちまってな。まぁ、あんたらにはあんたらの事情があるんだろうさ。それで、今夜も泊っていくかい?」
「いえ、今から隣の町へ移動しようと思います」
マスターが驚いたように姿勢を戻す。
「今から出発したら、着くのは夜中過ぎちまうぞ?」
「私たちがいると、またパティが騒ぎを起こすかもしれませんので」
マスターは昨夜の騒ぎを思い出したのか、苦笑いをする。
「あー、ははは……、あれなぁ。うん、分かった」
「それじゃ、お世話になりました」
「おう、またいつでも来てくれ」
私たちはマスターに手を振り『金の穂亭』を後にした。