パティはフーッと、息を吐く。
「まぁ、えぇ。ウチらは今、もっと重要な問題に直面しとる」
「もっと重要な問題?」
「せや」
 パティはキッと目を上げる。
「今日の儲けは12000カヘ! にもかかわらず、食い扶持が一人増えた! どういうことか分かるな?」
「……えっと、出費が増える?」
「それや! 借金膨らむ一方やで? どないする気や!」
 いや、待って? 私ら今、結構重要な話してたよ?
 魔石にキスをすることで、魔獣を魔獣人に変えられるかも、って話してたよ?
 これ、かなりすごい話じゃないの?
(まぁ、パティにとっては目の前の出納の方が問題なんだろうな)

 私は、イツガル草原で回収してきた、兎型魔獣(ラティブ)の石を差し出す。
「これ拾ってきたから、換金すればいくらかのお金になるよね」
「おぉ、やるやん! 出たんは兎型魔獣(ラティブ)やったっけ? それなら鼠型魔獣(ユズオム)猫型魔獣(クタント)より、ええ金になる!」
 そう言いながら袋の口を広げたパティの手が止まった。
「……なんやこれ」
 パティが石の一つを摘まみ上げる。彼女の指先には傷一つない完全に丸い形の赤い魔石(ケントル)が輝いていた。
「あ、それね。コリンの足元に大量に落ちてたの」
「割れてへんし、欠けもない……。どうやってこんなん手に入れたん?」
「どうやって……」
 私は、コリンがこの姿を得た時、他の兎型魔獣(ラティブ)が光と化し、彼の中へ吸収されたことを話した。
「で、その後、コリンの足元を見たら、これがいっぱい落ちてたの」
「……」
「パティ?」
「……ありえへん」
「何が?」
「魔獣は石を砕かなノーダメージやねんで?」
 それはよく知ってる。彼女と出会ったあの日、鼠型魔獣(ユズオム)の胴を薙ぎ払っても、攻撃の効いている様子は全くなかった。
「石を砕かんと、魔獣は消えへん。魔獣が消えな、魔石(ケントル)は回収でけへん。やのに、ここに砕かれてない完璧な形の魔石(ケントル)が存在しとる」
「珍しいこと?」
「不可能や、本来なら……」
 パティは眉間にしわを寄せ、考え込む。
「えーっと。兎型魔獣(ラティブ)が光になってコリンに吸収されたから、(コア)が完全な形のまま抜け落ちたってこと?」
「そうなるん、かな……」
 パティはそのまましばらく何やらぶつぶつ言っていたが、やがて纏いつく何かを振り払うように頭を横に振った。
「考えても分からん話は(あと)や! 換金所が開いてるうちに、この魔石(ケントル)を金に換えるで!」

 パティに連れられ足を運んだ換金所は、いつもとは違う場所にあった。
 表通りに面していない、細い道をくぐり抜けた先にある、薄暗いエリア。
 全力で『裏』という空気を醸し出していた。
「ねぇ。どうしていつもと違う店なの?」
「……こっちのほうがえぇと思たからや」
 レオポルドとコリンを表で待たせ埃っぽい店内に入ると、不機嫌そうな顔つきの髭面男が座っていた。
「……」
 片目には大きな傷跡があり、塞がっている。もう片方の目が、眼球二つ分の光を宿しているように見えた。
「てめぇか。何を持ってきた」
 地鳴りのように低い声が、不愛想に問いかけてくる。
「これや」
 パティは袋から傷一つない赤い石を取り出し、男の前に置いた。
「いくらで買ぉてくれる?」
「……」
 男の片目が大きく見開かれる。取り上げると灯りで透かし、神妙な手つきで幾度も角度を変えルーペ越しにそれを眺めた。
「間違いなく兎型魔獣(ラティブ)の石だな。どうやってこれを手に入れた」
「商売上の秘密や」
 パティが不敵に笑う。
「ウチが聞きたいんは、それをいくらで買い取ってくれるか、それだけや。気に入らんのやったらえぇで。他の店に持ってくまでやからな」
「……何言ってやがる。表にこんなもの持って行った日にゃ、あっという間に大騒ぎだ」
「で、どないするん?」
「……1つ2万だな」
「悪ぅない」
 1つで2万!?
 鼠型魔獣(ユズオム)の石の破片なんて、てのひらいっぱいかき集めて2000だったのに!?
「それで、いくつ売りたい?」
「なんぼ出せる?」
「そうだな、50までならこの場で買い取れる」
 えっ? えっ? 1つ2万で50個まで即金? それって100万カヘ!?
 パティは魔石(ケントル)を一つ一つ丁寧にテーブルに並べる。
「17個ある」
「……」
 こわもての中年男が、紙幣を重ねてテーブルに置く。
 パティは手を伸ばすと、金額を確認した。
「34万カヘ、確かに受け取ったで」
「……また、持って来い」