(はー、かっこいい……)
 距離はあるが、レオポルドのシルエットだけはくっきりと浮かび上がって見える。
 跳躍し、相手からの攻撃をかわし、そしてすかさず自分の攻撃に移っている。その一連の動きが芸術的に美しい。
(あの首から背中、そして腰のラインがしなやかで最高にえちぃ。振り回す腕の太さも理想的過ぎる。あの胴と足の長さのバランスもいい。雄々しく立ち上がった尻尾の揺れる様もセクシー!)
 そんなことをのんきに思いながら、うっとりと頬を緩めていた時だった。
「アリスッ!」
 遠方から、レオポルドの声が届いた。
(え?)
 白い生き物が一体、草をかき分けつつ突進してくるのが見えた。

 声を上げる間もなく激しい体当たりをくらい、私の体は跳ね飛ばされ地面に転がる。
(痛いっ!)
 それがレオポルドの取り逃がした一体だと理解できた頃には、仰向けになった私の体は魔獣の四本の足に囲まれていた。
「きや……」
 眼前に迫る、血のように赤い瞳。遠目には鹿のように見えたそれは、兎に似た顔をしていた。鼠型魔獣《ユズオム》や猫型魔獣《クタント》のように、頭部に魔石(ケントル)は見当たらない。裂けた口元から(のみ)のような歯が覗き、それが顔の前でガチッと音を立てた。
(ひぃっ!)
 私は身を捩り、それを避ける。
「アリス、少し待て! 今、行……クソッ!」
 声の調子からして、レオポルドも手間取っているようだ。

 ――牙が疼いて仕方なかった。その白い柔らかそうな肌に突き立て、引き裂いてやりたい。生命力あふれる温かな血でのどを潤したい。そんな衝動が自分の中に渦巻き、抑えきれなかった
 豹型魔獣(フェテラン)だった時のレオポルドが、私に感じていた内容を思い出す。
(こいつも、今、私に対して……)
 ザッと血の気が引く。
 再び、鋭い歯が私の顔に向かって襲い掛かる。
「いやっ!」
 渾身の力で、私はラティブの胴の下へと潜り込むように、体の位置をずらした。すかさず白い胴体にしっかり腕を回し、体を密着させる。この位置ならば、ラティブのあの鋭い歯は届かないはずだ。
 キァアーーッ!!
 苛立ったように、ラティブは後足でスタンピングを始める。ダンダンと音を立て地面に足を打ち付けるたび、私の体は振り落とされそうになった。
「レオポルド、早く……!」
 頭上で、ガチガチと歯を鳴らす音が聞こえる。
 私は両腕に力をこめ、ラティブの胸部に顔を押し付けた。が、その瞬間、予想外の感触が私を襲った。
(うぁ……!?)
 モッファ……。
(え? 何このフワ毛。ラティブの胸の毛、すっごくモフモフなんだけど……!)
 一瞬、恐怖を忘れそうになる。が、そのタイミングでラティブが大きくスタンピングし、その振動が足に伝わる。
「痛った!!」
「アリス!」
 レオポルドはラティブを、素早さが特徴の魔獣だと言っていた。レオポルドの戦闘力がいくら高くとも、スピードで勝負をかけてくる魔獣が群れになっていれば一筋縄ではいかないのだろう。
(レオポルド、助けて……!)
 だんだんと腕が痺れてくる。それに気づいてか、ラティブは激しくスタンピングを繰り返し、私を振り落とそうとし始めた。
「あぁあああぁあ!!」
 私は懸命に獣毛を握りしめ、しがみつく。地面に落されれば最後、あの鋭い歯が私の喉元を狙うだろう。
(ヤケだー!)
 私は最後の力を振り絞り、ラティブの胸毛に思い切り顔をうずめた。
(冥途の土産にモフってやる! おらぁ! モフモフ!! ……ん?)
 唇に硬いものが触れた。フワフワの胸の毛の奥に赤い宝石のようなものがきらめいている。
(あ、これってラティブの魔石(ケントル)?)
 次の瞬間、腕で締め付けていたラティブの胴が厚みを減らし、その体がまばゆく輝き始めた。
「わっ、わっ!?」
 咄嗟に対応できず、手を放してしまう。ドッ、と背中が地を打った。
(この現象、もしかして……!)
 レオポルドの時のことが脳裏をよぎった。
 光の中で、ラティブは人に似た姿へと変わってゆく。
 まばゆい光が徐々におさまり、すっかりそれが消え去った時、目の前には純白の長い耳と、ルビーのような瞳を持つ、獣頭人身の少年がたたずんでいた。額には目と同じ色の赤い石が埋まっている。

「え……? ボク、は……?」
「コリン!?」
 考えるより先に、私の口からはその名が飛び出していた。
(『けもめん』に出て来た兎獣人のコリンそっくり!! レオポルドと同様、額の石以外はそのままあのキャラに生き写し!!)
 驚きに息も出来ず口を押さえて震えている私へ、兎型少年は振り返る。そして目が合うと、愛らしくにこりと笑った。
「アリス!」
「!?」
「もう一度、ボクの名を呼んで」
「え? こ、コリン?」
「そう、ボクはコリン! アリス、会えて嬉しいの!」
 迷うことなく私の名を呼び、私の口にした名を受け入れる。
(これも、レオポルドの時と同じ……!)


「ぬぁっ!?」
 その時、レオポルドの頓狂な声が聞こえて来た。