パンに挟んである肉は、少々筋が固かった。
ガムのようにぐにぐにと噛み続ける私とは違い、レオポルドは鋭い歯で、豪快に食いちぎっている。
ソースはスパイスが効いてて美味だった。
「そう言えばパティ。下で商売してくるって言ってたけど、勇者一行に防具や武器を売ってる感じ? それとも薬草?」
「……勇者一行て、何言うてんねん」
パンに噛みつきながら、パティは呆れたように言う。
「何百年前の話やねん、勇者て」
(あ、そうか)
勇者といえば、魔王を倒す存在だ。
そしてこの世界で「魔族」と呼ばれた人たちだが、今では「ラプロフロス人」という呼称となっており、しかも200年前に休戦協定を結んでいる。
つまり倒すべき巨悪が存在しないことになっているため、現時点において勇者は必要ないのだ。
「まぁ、武器や防具は売ってんで。レオに着せた服も、防具の一種やし」
え? 今、レオポルドのこと、レオって言った?
私より先にニックネームで呼んだ?
「今の時代、勇者はおらんけど、代わりに境界超えて入って来たはぐれ魔獣を倒す魔石ハンターが、よぉけおるからなぁ」
「魔石って、魔獣の額についてる黒い石のことだよね?」
「おん。まぁ、石の場所は額とは限らんし、色も黒だけやないけどな」
「へぇ……。で、ハンター?」
「昨日教えたやろ、魔石は換金所に持ってけばそこそこの金になるて」
「でも、あれだけ倒しても2000カヘ程度だったじゃない」
「鼠型魔獣のやったからや。あれは一番安いやつ。けど、例えば」
パティの目がレオポルドに向けられた。
「豹型魔獣、しかも特にレアな黒い豹型魔獣のものなら、ひと欠片でも2万カヘになるんちゃうかな」
「自分の石が、か?」
「あぁ。アンタのなら、ひと欠片で昨日の10倍は固い」
「……」
神妙な表情でレオポルドは額の石に手をやる。
パティの視線から彼を庇うように、私は椅子から立ち上がり、サッと片腕を伸ばした。
「レオポルドは売らないよ!?」
「売るかい」
パティは肩をすくめる。
「今のんは、魔石いうても値段はピンキリ、っちゅー話をしただけ」
「……ならいいけど」
私は椅子へ座り直す。
「つまり魔石ハンターって、魔獣を倒して、それで手に入れた魔石で生計を立てている人、って認識でOK?」
「そんでえぇ」
なるほど。それは、勇者一行がアイテムや経験値を手に入れるため、道すがらモンスターを倒していくのに似ているかもしれない。
(この世界には、この世界特有の職業があるんだなぁ……)
それにしてもだ。
「……その職業が成り立つレベルで、魔獣がウジャウジャしてるのヤバくない? だって、あれってラプロフロスの兵器で、表向きは『うっかり』国境を越えちゃったってことになってるんでしょ? これで悪気はないって言い張るの、ちょっと苦しくない?」
「んなこと言うてもなぁ。あぁ、アカン、この筋固すぎ!」
パティが嚙み切るのを諦めた肉の筋を吐き出す。
「表向きは『こちらの不手際で、ウチんとこの魔獣が迷惑かけてどーもスンマセン』ってな感じや。けど実のところ、こっちの人間に危害を加えてちまちまと戦力を削るんが目的やろうな」
「はぁ!?」
「一応キハサカイも議会通して抗議はしてんねんで? けど『うっかりうっかり、ごめんちょ☆』みたいにかわされてな。『わざとやないし、攻め込んだつもりもないから目くじら立てんなや。大人になってや(笑』ってのがラプロフロス側の言い分」
「……なんか腹立つ。ぬけぬけと」
「そんなん、この国の人間全員思てるわ。けどな、あまりしつこく『これは侵略や! えぇ加減にせぇ!』って抗議したら、あちらさんは『お? お? やるか? やんのか?』いうて脅してくる。ケンカを先に売ったのはキハサカイ側やと主張してな。そうなると面倒やん? ここの国民も、誰かにやつらを何とかしてほしいとは思いつつ、国が戦火に巻かれるのは望んでへん。結局、こっちに『うっかり』迷い込んだ魔獣を、淡々と駆除するしかあれへんのよ」
ぐぅう、もどかしい!
「誰かが勇者名乗ってパーティー組んで、魔王を倒しに行く、って流れにならないの?」
「ラプロフロスは大国や。波風立てんようにするのが、精いっぱい」
現実!! なんて生々しいお国事情!
「まぁ、そんなわけで」
言いながら、パティは数枚の紙をこちらへ差し出した。
『鼠型魔獣退治 ユール平原 5000カヘ』
『鼠型魔獣退治 イハバの森 3000カヘ』
『鴉型魔獣退治 ホドナの森 7000カヘ』
一階の酒場の掲示板にあったものだ。
「昨夜言うたよな? 魔獣退治で借金返せ、て」
「うん、覚えてる。レオポルド、やれる?」
「問題ない。アリスの望むままに」
(頼もしい!)
「ほいじゃあ」
パティが大荷物をぐっと背負う。
「アンタらには今日から、魔石ハンターデビューしてもらいましょか」
ガムのようにぐにぐにと噛み続ける私とは違い、レオポルドは鋭い歯で、豪快に食いちぎっている。
ソースはスパイスが効いてて美味だった。
「そう言えばパティ。下で商売してくるって言ってたけど、勇者一行に防具や武器を売ってる感じ? それとも薬草?」
「……勇者一行て、何言うてんねん」
パンに噛みつきながら、パティは呆れたように言う。
「何百年前の話やねん、勇者て」
(あ、そうか)
勇者といえば、魔王を倒す存在だ。
そしてこの世界で「魔族」と呼ばれた人たちだが、今では「ラプロフロス人」という呼称となっており、しかも200年前に休戦協定を結んでいる。
つまり倒すべき巨悪が存在しないことになっているため、現時点において勇者は必要ないのだ。
「まぁ、武器や防具は売ってんで。レオに着せた服も、防具の一種やし」
え? 今、レオポルドのこと、レオって言った?
私より先にニックネームで呼んだ?
「今の時代、勇者はおらんけど、代わりに境界超えて入って来たはぐれ魔獣を倒す魔石ハンターが、よぉけおるからなぁ」
「魔石って、魔獣の額についてる黒い石のことだよね?」
「おん。まぁ、石の場所は額とは限らんし、色も黒だけやないけどな」
「へぇ……。で、ハンター?」
「昨日教えたやろ、魔石は換金所に持ってけばそこそこの金になるて」
「でも、あれだけ倒しても2000カヘ程度だったじゃない」
「鼠型魔獣のやったからや。あれは一番安いやつ。けど、例えば」
パティの目がレオポルドに向けられた。
「豹型魔獣、しかも特にレアな黒い豹型魔獣のものなら、ひと欠片でも2万カヘになるんちゃうかな」
「自分の石が、か?」
「あぁ。アンタのなら、ひと欠片で昨日の10倍は固い」
「……」
神妙な表情でレオポルドは額の石に手をやる。
パティの視線から彼を庇うように、私は椅子から立ち上がり、サッと片腕を伸ばした。
「レオポルドは売らないよ!?」
「売るかい」
パティは肩をすくめる。
「今のんは、魔石いうても値段はピンキリ、っちゅー話をしただけ」
「……ならいいけど」
私は椅子へ座り直す。
「つまり魔石ハンターって、魔獣を倒して、それで手に入れた魔石で生計を立てている人、って認識でOK?」
「そんでえぇ」
なるほど。それは、勇者一行がアイテムや経験値を手に入れるため、道すがらモンスターを倒していくのに似ているかもしれない。
(この世界には、この世界特有の職業があるんだなぁ……)
それにしてもだ。
「……その職業が成り立つレベルで、魔獣がウジャウジャしてるのヤバくない? だって、あれってラプロフロスの兵器で、表向きは『うっかり』国境を越えちゃったってことになってるんでしょ? これで悪気はないって言い張るの、ちょっと苦しくない?」
「んなこと言うてもなぁ。あぁ、アカン、この筋固すぎ!」
パティが嚙み切るのを諦めた肉の筋を吐き出す。
「表向きは『こちらの不手際で、ウチんとこの魔獣が迷惑かけてどーもスンマセン』ってな感じや。けど実のところ、こっちの人間に危害を加えてちまちまと戦力を削るんが目的やろうな」
「はぁ!?」
「一応キハサカイも議会通して抗議はしてんねんで? けど『うっかりうっかり、ごめんちょ☆』みたいにかわされてな。『わざとやないし、攻め込んだつもりもないから目くじら立てんなや。大人になってや(笑』ってのがラプロフロス側の言い分」
「……なんか腹立つ。ぬけぬけと」
「そんなん、この国の人間全員思てるわ。けどな、あまりしつこく『これは侵略や! えぇ加減にせぇ!』って抗議したら、あちらさんは『お? お? やるか? やんのか?』いうて脅してくる。ケンカを先に売ったのはキハサカイ側やと主張してな。そうなると面倒やん? ここの国民も、誰かにやつらを何とかしてほしいとは思いつつ、国が戦火に巻かれるのは望んでへん。結局、こっちに『うっかり』迷い込んだ魔獣を、淡々と駆除するしかあれへんのよ」
ぐぅう、もどかしい!
「誰かが勇者名乗ってパーティー組んで、魔王を倒しに行く、って流れにならないの?」
「ラプロフロスは大国や。波風立てんようにするのが、精いっぱい」
現実!! なんて生々しいお国事情!
「まぁ、そんなわけで」
言いながら、パティは数枚の紙をこちらへ差し出した。
『鼠型魔獣退治 ユール平原 5000カヘ』
『鼠型魔獣退治 イハバの森 3000カヘ』
『鴉型魔獣退治 ホドナの森 7000カヘ』
一階の酒場の掲示板にあったものだ。
「昨夜言うたよな? 魔獣退治で借金返せ、て」
「うん、覚えてる。レオポルド、やれる?」
「問題ない。アリスの望むままに」
(頼もしい!)
「ほいじゃあ」
パティが大荷物をぐっと背負う。
「アンタらには今日から、魔石ハンターデビューしてもらいましょか」