王都の次ににぎやかと評される西の街グランファ。
 その街の中心地の少し奥まった場所に私の店はある。
「いらっしゃいませ!」
 食事処『けもめん』。
 店の造りはごくありふれたもの。しかし、この店のスタッフは他店とは一味違っていた。
 全身がもふもふの獣毛、あるいはつるつるのウロコに覆われた獣頭人身の男たち。
 その額にはまるで三つめの目のように、魔石が輝いている。
 彼らはただの獣人ではない。魔獣が変化した獣人――魔獣(まじゅう)(じん)なのだ。

「いらっしゃいませ、初めてのお客様なの? こちらのお席へどうぞなの!」
 純白の兎型少年が、愛らしい姿で初来店の客の緊張を解きほぐし。
「注文を伺おう。強い酒が好きならこれ、軽いのが好みならこちらだ」
 黒豹型青年がドリンクリストを差し出し、落ち着きあるワイルドな声で説明する。
「お待たせいたしました。こちら鶏肉(ニキーチェ)のけもめん風となります」
 真珠色の鱗のトカゲ型青年が、優美な仕草で料理を運び。
「この空っぽの皿、もう下げていいよな? 追加注文があるならとっとと言えよ?」
 元気な犬型少年が軽やかにテーブルの間を駆け巡る。
(あぁ……)
 私――不破(ふわ)有寿(ありす)はカウンター越しにフロアを見つめ、自然とにやけてくる口元を両手で抑え込む。
(ウチのスタッフ、最高過ぎる……)
 今日も営業を終えれば、スタッフ一同で一つのテーブルを囲む夕食が待っている。
(それこそが私にとっての至福のひととき……)
「アリス、なにボケッとしとんねん!」
 特徴ある口調の若い女が、ポニーテールを揺らしながら、私の背中をバンと叩いた。
「料理、手ぇ止まってんで! ここの店の料理はアンタにしか作られへんのや。とっとと作りぃ!」
「はぁい」
 彼女――パティにどやされ、私は再び調理に取り掛かる。
 この店の料理は品数こそ多くないが、物珍しさでそれなりに繁盛していた。
 他の店では見かけない料理――私の出身地である日本の料理ばかりだからだ。

「ん?」
 私は「豚の生姜焼き」を作る手を止める。
 ちなみにこの世界の言葉だと、「豚肉(コプル)生姜(ギーグリム)焼き」となるらしい。
「なんか表が騒がしくない?」
「せやな。ウチ見て来るわ」
 オレンジ色のポニーテールを揺らしながらパティは店を出ていく。
「何だろ」
 首をかしげる私に、黒豹型青年がペリドットの目を細め、そっと耳元で囁く。
「……″あいつ”だ」

  時を置かずして店内へどかどかと入ってきたのは『あいつ』だった。
 でっぷりと脂で肥え太ったテヴリ商会のオーナー、ザカリアを先頭に、不穏な空気を纏った男たちが入ってくる。
「あーっ、アカンて! 今は営業時間や、お引き取りくださ……ぷぎゃ!」
 止めようとするパティを、人相の悪い男たちは容赦なく壁へと弾き飛ばす。
「パティ!」
「駄目だ、アリス!」
 カウンターから飛び出そうとした私を、黒豹型青年――レオポルドが押しとどめる。
 なごやかだった店内は静まり返り、一転して剣呑な雰囲気へと変わった。
「アリスさん」
 成金臭をまとった中年男ザカリアが、ニチャアと笑いながら近づいてくる。
「この間の話、考えておいてくれましたかねぇ?」
 ザカリアを私に近づけさせまいと、レオポルドが前に出る。
 ザカリアは忌々し気に舌打ちし、再びこちらに目を向け薄気味悪い猫なで声を出した。
「今日こそ色よい返事をいただけると嬉しいのですが」
「例の件はお断りしたはずです。お帰り下さい」
「まぁ、そうおっしゃらずに」
 レオポルドの腕越しに、中年男はテカテカと光る顔を近づけてくる。
「わたくしはこやつらのような姿のメスが欲しいだけなのですよ。新しい店を立ち上げるために」
 そう言いながら、ザカリアは私の愛しい魔獣人たちを無遠慮に指さす。
「コレらはどこの国から買って来たモノなんですか? ルートを教えたくないと言うなら、あなたが仲介人になってくれても構いません。その際の手数料はたっぷりとお支払いしましょう」
「教えませんし、仲介人にもなりません」
 彼らをモノ扱いする人間に、愛しいケモを預けたくはない。
 私は慇懃無礼に頭を下げる。
「お引き取りを、さようなら」
「小娘ぇ……」
 ザカリアは、分厚いくちびるを歪ませる。
「わたくしが下手に出ているうちに、この話を受け入れた方が身のためですよ?」
 店の空気がビリッと震えた。ザカリアの背後に控えていた男たちが、威圧するように前に出てくる。見せつけるように指の関節を鳴らしたり、わざとらしく椅子を蹴ったりしながら。何が下手に出てる、だ。
「アリス」
 レオポルドが喉の奥で低く唸りながら額に鉢金を巻き、戦闘態勢に入る。
「カウンターの奥に隠れてろ」
「うん。怪我しないでね」
「心配要らない」
「おいおい、ケンカかぁ? オレも混ぜてくれよ!」
 嬉しそうな声を上げながら、男たちの頭上を飛び越え降り立ったのは、犬型獣人のディーンだった。
 その瞳は喜びに爛々と輝き、尻尾は嬉しそうに勢いよく揺れている。
 すでにその額には鉢金が巻かれていた。

 ふと店内(フロア)に目をやれば、客は全員姿を消していた。
 トカゲ型獣人のセスと、兎型獣人のコリンがそっと店の扉を閉める。
 彼らが客を誘導し、退避させてくれたのだろう。
 客を完全に締め出すと、二人も鉢金を装着し、闖入者たちをキッと睨みつける。
「全く、迷惑な方々ですね」
「アリスを傷つけたら、許さないなの!」
(きゃーっ)
 私は心の中で、四色のサイリウムとうちわを振りまわす。
 目の前には私を庇って立つクール黒豹型青年とやんちゃ犬型少年。
 そして敵に冷ややかな目を向ける妖艶トカゲ型青年と、啖呵を切るラブリィ系兎型少年。
(私のために戦おうとするケモ男子たち、最高!! 絶景かな!)
 尊くときめく光景に、ついはしゃぎそうになるのを、ギリギリの理性で踏みとどまった。
 心強い味方に守られている事実が勇気をくれる。私はザカリアに人差し指を突きつけた。
「何と言われようと」
 腹の底から熱いものがわき上がってくる。
「私の大事なケモ達を『コレ』とか『買う』なんて言う輩に渡す気はありません!」


 話は約半年前に遡る。
 その日私は、大学のサークル仲間とともに、呉天谷キャンプ場に来ていた。