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夏期講習が終わった。

高い講習代を払ってくれた両親には本当に申し訳ないことだけれど、まったくと言っていいほど頭に入ってはこなかった。

「勉強、お疲れ様慎也くん!」
「……うん、ありがとう」

一週間ぶりに会う、睦月さん。
通信手段を持たない彼女と僕の集合場所は、自然と僕の家の前になっていた。

「久しぶりだね」と言って笑う彼女に、僕は相槌を打つのがやっとだった。

今、僕はちゃんと笑えているだろうか。
「今日は慎也くんが選んだ場所に連れてってくれるんだよね!」

「……」
「慎也くん?」

僕は今、ちゃんと君の瞳に映っているのだろうか。

ずっと会いたかったはずの彼女が目の前にいるのに、僕の頭の中は一週間前に聞いたクラスメイトからのあの言葉が、ずっと離れてはくれず、グルグルと駆け巡っている。

『あのね、実はちひろ……夏休みの二日前に入院して以来、まだ意識が一度も戻ってないの』

『私達三人で何回か病院にお見舞いに行ったんだけど、最初は面会もさせてもらえなくて』

『今はだいぶ容態が落ち着いたから会えるようにはなったけど、でも……面会時間はたったの十五分しかないの』

あのとき、僕は頭の中が真っ白になった。

そして、それまで無理やり蓋をしていた彼女に対する数々の疑問が一気に溢れ出てしまった。

《じゃあ、夏休みの間……僕と一緒にいたのは誰──?》

それでも、この疑問を彼女にぶつけることができないのは……怖いからだ。

真実を知って、そのあとの関係が壊れてしまうことが何よりも怖い。

臆病な僕は、睦月さんとまた夏休み前のような関係に戻ってしまうことが一番恐ろしかったんだ。

「慎也くん?」
「……あ、ごめん」

睦月さんに呼ばれて、ハッと我に帰る。

僕の顔を心配そうに覗き込む彼女に、無理やり口角を上げて笑って答えた。

「そんな気分じゃないみたいだね。慎也くん」
「いや、えっと、そんなことない……よ」
「今日はもう、お開きにしよっか」

僕がいつもの僕じゃないことは、自分が一番分かっていた。

そんな僕を見て、睦月さんは何かを察したようにそう言った。

顔は笑っているのに、これ以上僕のことを見ようとはせず、アスファルトを見つめている。

そして、何か覚悟を決めたかのような表情で僕に言った。

「その代わり、明日……私がこれから言う場所に来てくれないかな?」
「え?」
「大塚病院。入院病棟五階の、三〇四号室」
「睦月さん、何言って……」
「もう夏休みも五日間しかないしね!そろそろ慎也くんが知りたがってたこと、ちゃんと言わなきゃね」
「でも」
「約束、したもんね」

このときの彼女の切なそうな表情を、僕は一生忘れない。

「明日十時に来てね!絶対だからね!じゃあまた明日!」
「ちょっと待って、睦月さん!」

だけどすぐに笑顔に戻って、いつもの睦月さんになった彼女は大きく手を振って去って行った。

僕はどうしても、彼女を追いかけることができなかった。