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『時間が許す限り一緒にいてほしい』という睦月さんからのお願いも、夏期講習がある日だけは叶えてあげられなかった。

「(一週間って、長いな)」
朝から晩まで、勉強尽くしの七日間。

その間、睦月さんには会えないことを予め伝えてはいるものの、今度はものすごく寂しいという感情が僕を支配しはじめる。

これまで過ごしてきたどの夏休みよりも濃く充実していた、僕の高二の夏休み。

それも残すところあと二週間で……終わってしまう。

彼女は今スマホを修理に出しているらしく、連絡を取る手段は直接会う以外に方法がなかった。

だから一週間後、この地獄のような夏期講習が終わったら、今度は僕が睦月さんをとある場所へ連れていくと約束している。

「(喜んでくれるといいけどな)」

そんなことを思いながら、僕はひと足先に教室へ向かい、予習でもしていようとテキストを開いた……そのとき。

「そういえば、ちひろってさ――」

……ちひろ?
聞き覚えのある声が、耳馴染みのいい名前を呼んだ。

「まだ意識、戻らないみたいだね」
「病院に行っても、面会時間は十五分だけだったし」
「本当に目、覚すよね?」
「ちひろとバーベキューしたかったなぁ」

いつも睦月さんと仲がよかったクラスメイトの女子達が、僕と同じ夏期講習の教室へ入ってきてすぐに聞こえた、そんな会話。

意識が、なかった?
面会時間って、なんだ?

もしかしたら睦月さんのことじゃないのかもしれないと、そんな都合のいいことを考えていたけれど、同じクラスに「ちひろ」という名前を持つのはやっぱり彼女だけ。

「(どういう、こと?)」
僕の記憶と噛み合わないそんな会話に、頭を傾げる。

だって、僕は昨日まで彼女と一緒にいた。
一緒に展望台に行って、流れ星を観測した。

それだけじゃない。
夜ご飯はハンバーグを食べに行ったし、そのあともずっと話をしていた。

睦月さんが病院にいるわけないじゃないか。
意識が戻ってないってなんだよ。

机に広げたテキストの文字は、もうひと文字でさえ頭の中に入ってこない。

今あるのは、不安と、動揺と、それから彼女に対するほんのわずかな疑いだった。

「ちひろ、死んじゃったりしないよね?」

──ガタンッ。

「ねぇ、さっきから何言ってるの?」

無意識に体が動いた、なんてことはあり得ないことだと思っていた。

だけど、席につきながら未だ睦月さんのことを喋っていた女子達の会話の内容に、体が勝手に反応していた。

勢いよく席を立って、いきなり声をかけてしまったせいで、周りの人達の視線を一気に集めてしまった。

それでも僕は構うことなく、彼女達の元へ歩み寄る。

「睦月さんがなに?入院してるってどういうこと?」

クラスメイトだとはいえ、ほとんど話をしたことがない彼女達は、「なに、いきなり……」と顔を見合わせながら怪訝そうに僕を見た。

「上森くん、だよね?」
「ちひろのこと、あなたに関係ないと思うんだけど」

ごもっともだと思う。
僕が睦月さんと仲がよくなった期間なんて、ほんの数週間にすぎない。

彼女達のほうがきっと何倍も睦月さんのことを知っていて、思い出だってうんとあるはずだ。

でも、それでも──。

「教えて、くれないかな。……今の、睦月さんのこと」

彼女のことを、もっと知りたかった。

いいことも、悪いことも、全部……知りたかったから。

「ちひろね。実は今──……」

彼女達から聞いた内容に、僕は当分の間、うまく呼吸ができなくなった。