朝日が瞼に刺さって、のそりと起き上がった。
魔王って夜行性じゃあないんだなとか、くだらないことを考えていた。
朝の清々しい風を取り込もうと窓辺へ向かう。
途中、鏡が一部直されているのに気付いた。
部下たちの内の誰かが直してくれたのだろう。
その鏡がまたくもり始める。
神の戯言が始まるのか。
『おぬしはこれから魔王として生きるつもりか?』
「そう言う訳じゃあない。何とかしてこの状況を脱却したいと思っている。ただ、死ぬ気はない。これから自分の姿形を変えて、魔王ではない人生を送ってみたいと思っている」
『そうか。ならばわしをその世界に召喚すると良い。自殺を頼んだことへの詫びとして、代わりに何か授けることもできるじゃろう』
神なんて呼べるものなのか?
そう思いながら俺は頭に奔った言葉を口にする。
「神降臨」
空間が歪み、目の前に長く白い髭を蓄えた老人が現れる。あの時と同様の神だ。
「本当に召喚できるとは思わなかったな」
「この世界の魔王は強いからの。そのせいで、わしから世界に干渉することは、せいぜい鏡をくもらせるか聖剣を放つくらいのものじゃ。だからこうしてこの世に出たのも創世の時ぶりじゃのう」
神は杖の先で床を突き、タンと音を鳴らした。
するとこの前勇者一行が張り巡らせていたような結界が、一瞬にしてこの部屋に張られる。
「いったい、どういうことだ?」
「自殺を頼んだことを詫びるつもりじゃが?」
詫びると言いながら、彼はにこにことしている。
禍々しさすら感じる醜悪な笑顔。
「ならばなぜ結界を張る」
「おぬしは魔王じゃ。魔王が死ねばこの世界は元通り、わしの力が大きく干渉できる世界になる。そうすれば人々が待ち望むユートピアが実現するじゃろう。そして皆々はわしに平伏す。聖職者のみならず、王も農夫もわしに祈りを捧げるじゃろう。それほど気持ちの良いことが他に在ろうか? いいや、ない」
神は杖を突きながらのんびりと散歩でもするようにその場をぐるぐると歩き始めた。
「……詫びるつもりはないようだな。でも、俺は死なないからな」
「どうしてじゃろうか? おぬしは前世で自殺したのに。それほど死を渇望したと言うのに。考えてみろぉ、考えてみるのじゃぁ……それくらいしかおぬしには取り柄がなかったんじゃあなかろうかのう? ああ?」
よだれで汚れた髭を撫でくり回しながら、爛々とした目でこちらを見ている。
「しかしのう、それはもう良いのじゃ。先も言ったであろう? そのことについては詫びると。所詮人間の意志の薄弱さゆえ、不可能なこともあるじゃろう。いざ生まれてみたらとても居心地の良い居場所と魔力じゃった。魔王の地位と力に憑りつかれたのじゃろう?」
にやにやとますます笑いを歪ませる。
神は杖の上にこめかみを乗せて、横向きの顔のまま視線は外さない。
「ふざけるな! 俺は別に魔王の魔力に憑りつかれたわけじゃあない! 死にたくないのは、生きていたいからだ!」
神はふっと目を閉じて、しかし口角だけは吊り上げる。
彼の体がほんの数センチ浮き上がった。
同時に、長い白髪が宙を漂う。
「もう良い。そのような言い訳は。おぬしのような意志薄弱な人間に頼んで悪かったと心から思うのじゃ。じゃから詫びとして代わりに授けてやろう」
神は血走った目を大きく見開いた。
「死を!」
魔王って夜行性じゃあないんだなとか、くだらないことを考えていた。
朝の清々しい風を取り込もうと窓辺へ向かう。
途中、鏡が一部直されているのに気付いた。
部下たちの内の誰かが直してくれたのだろう。
その鏡がまたくもり始める。
神の戯言が始まるのか。
『おぬしはこれから魔王として生きるつもりか?』
「そう言う訳じゃあない。何とかしてこの状況を脱却したいと思っている。ただ、死ぬ気はない。これから自分の姿形を変えて、魔王ではない人生を送ってみたいと思っている」
『そうか。ならばわしをその世界に召喚すると良い。自殺を頼んだことへの詫びとして、代わりに何か授けることもできるじゃろう』
神なんて呼べるものなのか?
そう思いながら俺は頭に奔った言葉を口にする。
「神降臨」
空間が歪み、目の前に長く白い髭を蓄えた老人が現れる。あの時と同様の神だ。
「本当に召喚できるとは思わなかったな」
「この世界の魔王は強いからの。そのせいで、わしから世界に干渉することは、せいぜい鏡をくもらせるか聖剣を放つくらいのものじゃ。だからこうしてこの世に出たのも創世の時ぶりじゃのう」
神は杖の先で床を突き、タンと音を鳴らした。
するとこの前勇者一行が張り巡らせていたような結界が、一瞬にしてこの部屋に張られる。
「いったい、どういうことだ?」
「自殺を頼んだことを詫びるつもりじゃが?」
詫びると言いながら、彼はにこにことしている。
禍々しさすら感じる醜悪な笑顔。
「ならばなぜ結界を張る」
「おぬしは魔王じゃ。魔王が死ねばこの世界は元通り、わしの力が大きく干渉できる世界になる。そうすれば人々が待ち望むユートピアが実現するじゃろう。そして皆々はわしに平伏す。聖職者のみならず、王も農夫もわしに祈りを捧げるじゃろう。それほど気持ちの良いことが他に在ろうか? いいや、ない」
神は杖を突きながらのんびりと散歩でもするようにその場をぐるぐると歩き始めた。
「……詫びるつもりはないようだな。でも、俺は死なないからな」
「どうしてじゃろうか? おぬしは前世で自殺したのに。それほど死を渇望したと言うのに。考えてみろぉ、考えてみるのじゃぁ……それくらいしかおぬしには取り柄がなかったんじゃあなかろうかのう? ああ?」
よだれで汚れた髭を撫でくり回しながら、爛々とした目でこちらを見ている。
「しかしのう、それはもう良いのじゃ。先も言ったであろう? そのことについては詫びると。所詮人間の意志の薄弱さゆえ、不可能なこともあるじゃろう。いざ生まれてみたらとても居心地の良い居場所と魔力じゃった。魔王の地位と力に憑りつかれたのじゃろう?」
にやにやとますます笑いを歪ませる。
神は杖の上にこめかみを乗せて、横向きの顔のまま視線は外さない。
「ふざけるな! 俺は別に魔王の魔力に憑りつかれたわけじゃあない! 死にたくないのは、生きていたいからだ!」
神はふっと目を閉じて、しかし口角だけは吊り上げる。
彼の体がほんの数センチ浮き上がった。
同時に、長い白髪が宙を漂う。
「もう良い。そのような言い訳は。おぬしのような意志薄弱な人間に頼んで悪かったと心から思うのじゃ。じゃから詫びとして代わりに授けてやろう」
神は血走った目を大きく見開いた。
「死を!」