宴を締める為に席に戻った。

「今夜は宴を開いてくれてありがとう」

 俺が話し始めると、各々の会話をやめてこちらに向き直る。
 皆良い奴らばかりだな。
 上司が話している時に上司の目を見て話を聞くなんて、人間でもなかなかできない。いや、俺が居た地球ではそんな奴は居なかったな。

 自分の身を犠牲にして死んだスケルトン。
 勇者撃退を祝ってくれる魔物たち。
 仲間の過去を覚えてくれているヘル。
 彼らは皆、良い奴だと思う。

 しかし彼らが見ているのは、魔王だ。
 この、入れ物に本来居るべきはずの者。
 俺のことが好きでここに居るわけでもないし、話し掛けてくれるわけでもない。
 勇者を撃退できたのも、器の魔力が強いおかげ。

 ここには俺が居るべきじゃあない。
 ならいっそ神の言う通り死ぬか?

 しかしそれはできない。
 先ほどヘルの話を聞いた時に彼女が言っていた、魔王の魔術。皆、死にそうなところを助けられているが、それはいわゆる治癒や蘇生の類で行われたものではない。魔王は魔術によって死への進行の停止を行っているだけなのだ。
 つまり、魔王が死ねば魔王の魔術も解けて、皆死ぬことになる。
 もちろん、そういう魔物ばかりではないから、死ぬのは一部だが。

 一言二言告げて宴を締めた後、何か良い案は無いかと思案を巡らせながら自室に戻っていると、部屋から取り敢えず出しておいた戦車の前で座り込んでいる銀髪の男に目が留まった。

「どうかしたか?」

 俺が話し掛けると、男は向き直り指先でメガネをくいっと上げた。
 灰色の肌に、ちらりと覗く犬歯……ヴァンパイアか?

「いやはや! ヒッジョーに興味深いものを異空間転移させましたねぃ」
「ああ、咄嗟のことだったからな。ここに置いておいても邪魔だから、明日にでも片付けようと思う」
「片付ける……? モッタイナイ! 捨ててしまうのならば、私に頂けませんかねぃ?」
「いいが……何をするんだ?」
「ハハハ! おかしなことを仰いますねぃ! 何をするって、私の仕事は研究ですよ? お忘れですか?」

「忘れるわけがないだろう。ははははは!」

 忘れるも何もそもそも知らないだろう!

 ……ん? 研究?

 この世界の研究と言うのがどういうものか分からないが、魔法なんかが当たり前にある世界だ。
 例えば魔王から俺の魂を分離、なんてことはできないにしても、姿形を変えることはできないだろか。
 そうすれば、魔王ではない存在として、この世界で生きていくこともできるのでは?

「なあ、その、お前がしている研究の中で、魂を分離させたり姿形を変えたりする魔術とか、そう言うのを研究したことはあったか?」
「えー、あー、ハイ! 魂の分離はありませんが、姿形を変えると言うのであれば、子供にする薬を作ったことがありますねぃ」
「ほう、効き目のほどは?」
「いえ、まだ試してはいませんねぃ。何せ魔王様は、私が研究せずとも魔術で何でもしてしまいましたからねぃ。私の研究に対しては否定的でありますし」
「なに……?」
「あ! いえ! 魔王様を批判するつもりの発言では断じてありません! ただ、私の研究に対して興味を持ってくださったことがとても嬉しくてですねぃ。他の魔物には見下されてしまう研究ですから、それを続けさせて頂いているだけでとても幸福なことなのではありますが、改めて認識して頂けて嬉しいのですねぃ」

「そうか。それで、その薬を貰えないか?」
「もちろん魔王様のご命令があればいくらでもご用意いたしますねぃ。しかしソンナモノをどうする気ですかねぃ?」
「勇者がまた来た時に使ってやろうと思ってな。何せあいつが持っている聖剣はこちらの魔術を無効化するのだ。何か、魔術以外の力が必要……つまりお前の研究の力が必要だと思ったのだ」

 感極まったのか、ヴァンパイアは目を閉じ、天井を仰ぎ見た。
 それから間を置いて、何度も頷き、片膝をついて頭を下げた。

「何たる幸福……! そのご用命、謹んで受けさせて頂きますねぃ!」