白い光で辺りが包まれ、視界を奪われる。
光が消えた時には勇者一行はおらず、あとには燃え盛る戦車だけが残った。
消えた……?
あのネイアと言う神官風の女がワープさせたのだろか。
凄いな。
結界法術で消耗しきっている状態で更に空間転移まで行うとは。
法術とか、こちらの世界のことはまるっきり分からないが、彼女の額に流れていた汗を見ればそれがとても大変だったと言うことは容易に想像がつく。
その、極限の精神状態で戦況を見切る大局観と瞬発力。
勇者があれこれ指示を出していたが、実際戦況を一番把握していたのはあの神官——ネイアなのではなかったか?
突然の戦闘と突然の決着に状況を把握できず、しばらく、ただぼうっとそんなことを考えながら揺らぐ炎を見ていた。
ん?
ああ。
鎮火しなくては。
「水流直射」
勇者が居なくなり、突然広くなったように錯覚する部屋の中、炎上する戦車に魔術で水をかけ続ける魔王。
そんな。
非日常的で滑稽な光景。
先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えない。
水をかけている最中に思い浮かぶのは、先のネイアの姿だった。
俺はかつてあれほど綺麗で聡明で忍耐強く責任感が強い人を見たことがない。そりゃあゲームの中にはいたかも知れないが。
ああいう人を、美しいと呼ぶのだろうな。
あの美しい生命と、せめて一度でも言葉を交わすことはできないだろうか?
……何を考えているんだろう。俺は。
相手は勇者一行の一人だ。俺が魔王でいる限り、その夢が叶う事は無い。
なんだか、虚しいのに腹からの笑いが込み上げてくる。
笑い出しそうになる刹那、扉が開け放たれた。
「魔王様!」
一人が入ってくるとその後ろからまた一人、またまた一人と入ってくる。
「ご無事ですか!?」
「結界が張っていて中に入れず」
「勇者一行は!?」
「倒したんですか!」
一挙に押し寄せる、多分魔王の部下たち。
俺は努めて冷静に首肯し、掌を下に向けゆっくりと上下に動かす。
「落ち着け。とりあえず、俺は大丈夫だ」
俺の声を聞いて、抱き着いてくる女が居た。
彼女は震えていた。
赤紫の艶のあるストレートヘアが綺麗だと思った時には手が伸びており、俺はそのまま髪を撫ぜていた。
撫ぜられて安心したのか、震えが弱くなっていく。
彼女は俺を見上げ、夜空のような瞳を潤ませて、呟く。
「ご無事で何よりです」
恐らく魔王の恋人、或いは嫁なのだろう。
他の魔物とは一線を画すことは、彼女の行動によって明確になっている。
彼女は青白い腕を俺の腰に回し、ふくよかな胸を腹辺りに押し当て、再度抱き着いてきた。
「その、俺は大丈夫なんだが」
スケルトンで名前が合っているのかもわからず、ただ指で皆の視線を誘導した。
「す、スケルトン!」
近くに居た犬人間――コボルトっぽい奴が叫ぶ。
やっぱりスケルトンで合っていたのか。
「スケルトンが居なければ、俺は危なかった」
部屋中に居る数十名の部下たちからどよめきが起きる。
「彼は、勇者一行の戦いにおいて、一番の功労者である。自分の身を犠牲にしてまで、俺を守ったのだから」
すると部下たちは皆一様にスケルトンを褒め称えた。
「すげーよスケルトン!」
「スケルトンさん!」
「よくやった!」
なんだか咄嗟にだいぶ盛ってしまったが、彼が居たおかげで勇者たちの奇襲をくらわずに済んだのは事実だ。
死んでしまった彼にしてやれることは、その死に意味を持たせてやることしかなかった。
とにかく今は、彼の死を弔うべきだろうと思った。
時同じくして地球では奇跡が起こっていた。
紛争地帯であるアジア某所。
米軍の兵士たちは市内の制圧戦を繰り広げていた。
屋根と片方の壁が吹き飛ばされた廃墟に二人の戦士が対峙していた。
若い米軍兵とその敵国の年端も行かぬ少女である。
若い米兵は、ハンドガンを構えていた。
銃口の先では、少女が機関銃を抱えて震えている。
彼女に抵抗の意思はない。
経験の浅い兵士にもそれは解っていた。
しかしながら、武器を所持した者を生かしておくわけにはいかない。
「武器を捨てろ!」
言語の違い。
彼女は兵士の言葉の意味が分からず、ますます武器を握りしめた。
これでは何かの拍子に、引き金を引きかねない。
「……クソッ」
兵士の眉間に皺が寄る。
吊り上がった目尻からは殺意が、潤んだ瞳からは慈愛が。相対する矛盾を孕んだ瞳で少女を慈しむ様に睨む。
青年兵士は覚悟を決めなければならない。
その銃弾に撃たれるのが自分ならば良いが、仲間が撃たれてはたまらない。
兵士は奥歯を噛み締め、トリガーにかかった指に力を込めた。
しかし突如としてその銃は消え、スカをくらった兵士はつんのめり、しばし呆気に取られる。
少女は撃たれると思った瞬間目を瞑ってうずくまり、武器を捨てていた。
彼は無抵抗の人間を撃つ手前で、何とか撃たずに済んだのだ。
しかしなぜ突然消えたのか……?
「これは、神が俺にこの子を撃つなと言っているに違いない」
そう言って、彼は両手を広げ、何も持っていないジェスチャーをして少女に歩み寄る。
少女もまた、兵士の表情から敵意が無いことを悟り、落とした武器を拾うことも無く、一歩ずつ歩み寄っていく。
二人の距離がゼロになったその時、突如として間近の壁が壊れた。
――ボコォンッ!
兵士が慌ててそちらを向くと、火炎瓶を投げつけられ火だるまになった戦車が向かってきていた。操縦者を失い、敵も味方も無い状態。
もう間に合わない。
そう気付きながらも彼は彼女を抱えて横っ飛びをした。
彼は自分がキャタピラの下敷きになっても、抱えた少女だけは助かってくれと願った。
しかし彼の頭上には何秒待ってもキャタピラは訪れなかった。
怪訝な顔つきで辺りを見回す。
先ほどの戦車が幻影だったかのように、跡形もなく消え去っている。
戦車のみならず、炎も、エンジン音もない。
彼は少女の澄んだ瞳を見つめる。
「俺は今すぐ美国の大統領に伝えなくてはいけない。ここには女神が居ることを。そして、この聖域に置いての戦闘行動をすぐさまやめなければいけないことを」
光が消えた時には勇者一行はおらず、あとには燃え盛る戦車だけが残った。
消えた……?
あのネイアと言う神官風の女がワープさせたのだろか。
凄いな。
結界法術で消耗しきっている状態で更に空間転移まで行うとは。
法術とか、こちらの世界のことはまるっきり分からないが、彼女の額に流れていた汗を見ればそれがとても大変だったと言うことは容易に想像がつく。
その、極限の精神状態で戦況を見切る大局観と瞬発力。
勇者があれこれ指示を出していたが、実際戦況を一番把握していたのはあの神官——ネイアなのではなかったか?
突然の戦闘と突然の決着に状況を把握できず、しばらく、ただぼうっとそんなことを考えながら揺らぐ炎を見ていた。
ん?
ああ。
鎮火しなくては。
「水流直射」
勇者が居なくなり、突然広くなったように錯覚する部屋の中、炎上する戦車に魔術で水をかけ続ける魔王。
そんな。
非日常的で滑稽な光景。
先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えない。
水をかけている最中に思い浮かぶのは、先のネイアの姿だった。
俺はかつてあれほど綺麗で聡明で忍耐強く責任感が強い人を見たことがない。そりゃあゲームの中にはいたかも知れないが。
ああいう人を、美しいと呼ぶのだろうな。
あの美しい生命と、せめて一度でも言葉を交わすことはできないだろうか?
……何を考えているんだろう。俺は。
相手は勇者一行の一人だ。俺が魔王でいる限り、その夢が叶う事は無い。
なんだか、虚しいのに腹からの笑いが込み上げてくる。
笑い出しそうになる刹那、扉が開け放たれた。
「魔王様!」
一人が入ってくるとその後ろからまた一人、またまた一人と入ってくる。
「ご無事ですか!?」
「結界が張っていて中に入れず」
「勇者一行は!?」
「倒したんですか!」
一挙に押し寄せる、多分魔王の部下たち。
俺は努めて冷静に首肯し、掌を下に向けゆっくりと上下に動かす。
「落ち着け。とりあえず、俺は大丈夫だ」
俺の声を聞いて、抱き着いてくる女が居た。
彼女は震えていた。
赤紫の艶のあるストレートヘアが綺麗だと思った時には手が伸びており、俺はそのまま髪を撫ぜていた。
撫ぜられて安心したのか、震えが弱くなっていく。
彼女は俺を見上げ、夜空のような瞳を潤ませて、呟く。
「ご無事で何よりです」
恐らく魔王の恋人、或いは嫁なのだろう。
他の魔物とは一線を画すことは、彼女の行動によって明確になっている。
彼女は青白い腕を俺の腰に回し、ふくよかな胸を腹辺りに押し当て、再度抱き着いてきた。
「その、俺は大丈夫なんだが」
スケルトンで名前が合っているのかもわからず、ただ指で皆の視線を誘導した。
「す、スケルトン!」
近くに居た犬人間――コボルトっぽい奴が叫ぶ。
やっぱりスケルトンで合っていたのか。
「スケルトンが居なければ、俺は危なかった」
部屋中に居る数十名の部下たちからどよめきが起きる。
「彼は、勇者一行の戦いにおいて、一番の功労者である。自分の身を犠牲にしてまで、俺を守ったのだから」
すると部下たちは皆一様にスケルトンを褒め称えた。
「すげーよスケルトン!」
「スケルトンさん!」
「よくやった!」
なんだか咄嗟にだいぶ盛ってしまったが、彼が居たおかげで勇者たちの奇襲をくらわずに済んだのは事実だ。
死んでしまった彼にしてやれることは、その死に意味を持たせてやることしかなかった。
とにかく今は、彼の死を弔うべきだろうと思った。
時同じくして地球では奇跡が起こっていた。
紛争地帯であるアジア某所。
米軍の兵士たちは市内の制圧戦を繰り広げていた。
屋根と片方の壁が吹き飛ばされた廃墟に二人の戦士が対峙していた。
若い米軍兵とその敵国の年端も行かぬ少女である。
若い米兵は、ハンドガンを構えていた。
銃口の先では、少女が機関銃を抱えて震えている。
彼女に抵抗の意思はない。
経験の浅い兵士にもそれは解っていた。
しかしながら、武器を所持した者を生かしておくわけにはいかない。
「武器を捨てろ!」
言語の違い。
彼女は兵士の言葉の意味が分からず、ますます武器を握りしめた。
これでは何かの拍子に、引き金を引きかねない。
「……クソッ」
兵士の眉間に皺が寄る。
吊り上がった目尻からは殺意が、潤んだ瞳からは慈愛が。相対する矛盾を孕んだ瞳で少女を慈しむ様に睨む。
青年兵士は覚悟を決めなければならない。
その銃弾に撃たれるのが自分ならば良いが、仲間が撃たれてはたまらない。
兵士は奥歯を噛み締め、トリガーにかかった指に力を込めた。
しかし突如としてその銃は消え、スカをくらった兵士はつんのめり、しばし呆気に取られる。
少女は撃たれると思った瞬間目を瞑ってうずくまり、武器を捨てていた。
彼は無抵抗の人間を撃つ手前で、何とか撃たずに済んだのだ。
しかしなぜ突然消えたのか……?
「これは、神が俺にこの子を撃つなと言っているに違いない」
そう言って、彼は両手を広げ、何も持っていないジェスチャーをして少女に歩み寄る。
少女もまた、兵士の表情から敵意が無いことを悟り、落とした武器を拾うことも無く、一歩ずつ歩み寄っていく。
二人の距離がゼロになったその時、突如として間近の壁が壊れた。
――ボコォンッ!
兵士が慌ててそちらを向くと、火炎瓶を投げつけられ火だるまになった戦車が向かってきていた。操縦者を失い、敵も味方も無い状態。
もう間に合わない。
そう気付きながらも彼は彼女を抱えて横っ飛びをした。
彼は自分がキャタピラの下敷きになっても、抱えた少女だけは助かってくれと願った。
しかし彼の頭上には何秒待ってもキャタピラは訪れなかった。
怪訝な顔つきで辺りを見回す。
先ほどの戦車が幻影だったかのように、跡形もなく消え去っている。
戦車のみならず、炎も、エンジン音もない。
彼は少女の澄んだ瞳を見つめる。
「俺は今すぐ美国の大統領に伝えなくてはいけない。ここには女神が居ることを。そして、この聖域に置いての戦闘行動をすぐさまやめなければいけないことを」