あれから数日の時が流れた。

 そして俺は今、戦死したゴブリンとガンジマル、ヨールーたちをスケルトンが眠る墓に埋め終わったところだ。流転召喚で再生された神の体は、アミュの魔力が魔剣に吸い取られた時に消えていたようだ。

 これからは魔王城の裏が墓地として使われることになる。

 蒼穹から降りてくる澄んだ空気はとても心地よく、死者の前で厳かな気持ちにさせられる。

 亡き者に手を合わせて黙祷(もくとう)を捧げ、振り返る。

 ネイア、レアー、ロアネハイネ、ヘル、そしてアミュ。
 その後ろにはグリアス村の住民と、魔王城で魔王の帰りを待っていた魔物たち。
 全て足してもたった50人程度。
 だが世界の平和は、この50人から始まる。

「神は死んだ。俺が殺した。祈りの意味はなくなった。
 勇者も死んだ。俺が殺した。人々から希望が消えた。魔物からは脅威が消えた。
 魔王はこの中に居る。俺の中に。人々から完全なる絶望が消えた。魔物からは拠り所が消えた」

 このことは魔族側と人間側の代表者に伝言を頼んでおいたので、ここに居るみんなの知るところだ。だから驚きの声は上がらない。

「祈りも希望も脅威も絶望も拠り所も無くなった。もうみんなが祈る為に誰かを迫害したり、希望の為に命を捧げたり、驚異の為に怯えたり、絶望の為に苦しんだり、拠り所の為に(いさか)いを起こしたりして生きていかなくてはいけない世の中は終わりを告げた。
 俺は、これから人も獣人もエルフも竜人も魔人も、あらゆる種族の者たちが諍いなく暮らしていける世界を作りたいと思っている。
 きれいごとに聞こえるだろう。理想論に見えるだろう。あえて否定はしない。その通りだから。だが、そこで諦めてしまっては、俺達は未来に進む権利を放棄することになってしまう。
 俺はこの力をこの世界の者たちが最も望む形で役立てたいと思っている。その為に、俺はまずここに居る者たちのリーダーになる。そして領土を増やし領主となり、いずれは国の王となり、他国にも踏み入り、すべての国を自身の管轄(かんかつ)に置き、世界を統一する気でいる」

 ここまで言うと、さすがにどよめきが広がる。

「先も言った通り、きれいごとだけでは済まされない。もちろん争いを最小限に抑える為の努力はする。面倒くさがって話し合いをしないなんてことはしない。しかしそれでも、諍いの無い世界を作る為、世界を統一するまでに数々の争いが起きるだろう。幸せを手にする為に不幸を作る。とても矛盾した行為だ。だがその矛盾が無ければ進めないのもまた事実。
 それは間違っているのかも知れない。このまま小さな諍いを起こし続けながら、みんなが憎しみ合って理解をし合わないまま、ただただ衰退して緩慢(かんまん)に死にゆくことが、世界にとって正しいことなのかも知れない。
 だが、自分こそが特別と考え人々に祈りを強要する者や、ただ聖剣を引き抜いただけで特別扱いを受けて傲慢(ごうまん)になる者や、己の種族のみを愛して他の種族を傷付ける者が、世界の上位に君臨して崇められる世界を、俺は望まない。
 (けが)れ無き心で弱っている者を救う者、利他の精神で愛情のこもった料理を作る者、他者を守る為に努力を怠らない者、愛する者の為に耐え続ける者、種族の垣根を無くした恒久的な平和の為に尽力する者……そう言った者たちが心から救われる世界こそが、真なる平和な世界だと思っている」

 ネイア、ロアネハイネ、レアー、アミュたちが頷く。
 しかし、ヘルは不安そうな顔をしている。とても複雑な心境だろう。だが魔族を統括するのは彼女の力が無ければいけない。魔族の為にも彼女には長い時間をかけて納得してもらうつもりだ。

 そのうしろの人々と魔物たちの中には首を傾げている者が数名居た。俺の話を聞いて頷いている者の中にも、実際は快く思っていない者も居るだろう。

 当たり前だ。

 神と勇者を殺し、魔王をこの身に宿した宇宙人の言葉だ。簡単に信じてもらっては困る。

 だから一個ずつ、理解してもらうところから始めていくしかない。何百年何千年かかるか分からないが、全員が納得できる世界を作り上げるんだ。神が創れなかった世界を、魔王に破壊されない世界を。

 自殺から始まった神殺しの罪滅ぼしを、これから悠久の時を掛けて世界に対して行っていくんだ。

 不安が無いわけじゃあない。
 また迫害を受けるかも知れない。
 誰も俺の話など聞いてくれないかも知れない。
 世界にはまだ見ぬ種族が多くいるし、話し合いが通じず、戦いを強いられることもあるだろう。
 そこでもしもまた魔王の力が暴走したら、次はとまらないかも知れない。
 そしたら俺は、罪滅ぼしどころじゃあない。また罪を重ねるだけになってしまう。

 今たった50人を前にしただけで、そんな不安がよぎり、臆してしまうような奴に、果たして世界を統べることなんか、できるんだろうか。

 ふと落とした視線に、白い手袋が現れた。

 それはそっと俺の手を取った。

 視線を上げるとネイアの満月の笑顔があった。

 その後ろにはロアネハイネ、レアー、アミュと、不安げながらも俺の奥に居る魔王を見つめるヘルが居る。

 俺の心中を悟ったのか、ネイアは一層顔をほころばせた。


 そよ風が彼女のきれいな金色の髪を揺らす。
 その風と戯れるように、ふふっと吐息が漏れる。
 胸に掛かっていた黒い(もや)が、風と一緒に飛んでいく。



 ――ああ、そうか、そうだ。

 この笑顔があれば、これからもきっと、

「……大丈夫!」