実力の差は十分にあった。俺が剣術でガンジマルに勝っている瞬間など、ありはしなかった。
ただ《《知っていた》》のだ。
「レアーの魔術がいつから展開されていたか、解るか?」
ガンジマルは目をギョロッと覗かせて、レアーを見る。
「展開も何も、まだ」
そう。レアーは今も詠唱している。
「フリをしているだけだ」
ガンジマルから目を切ることはできないが、きっとレアーは笑っていたのだろう。
「何がおかしいのでござるか!」
憤慨するガンジマルに耐え切れなくなったのか、クスクスと笑い声が聞こえた。もちろんレアーの。
「どれだけ敵の動きが解ってもさ、わっかんないもんよねー! 《《自分の体のことは》》!」
「どういう……」
言いかけてガンジマルは気付いたのだろう。表情が怒りから驚愕に変わった。
「……なぜ、息が白い」
言いながらももう解っているはずだ。
「あんたさ、魔術のこと全然解って無いでしょ? 唱え終わりに大声出さなきゃ発動できないって思ってるでしょ? 出来んのよ。小声でも。詠唱さえしっかりしていれば。しかもこんな低級難度の魔術なら」
彼女が発動した低級魔法。
「霜柱監獄。発動ポイントの半径5メートル以内の温度を下げる。ゆっくりと。
正直攻撃魔術として認定して良いかどうか迷うレベル。氷結系魔術なら、一瞬で氷を作って相手に突き刺すなんてものもあるし、足元を氷漬けにして身動きとれなくするなんてものもある。けど、それだとあんたの飛燕眼に捕捉されちゃうでしょ? でも《《温度なら見ることもできないし》》、妖刀で《《斬ることもできない》》。発動ポイントそのものを斬られちゃえば話は別だけど、戦闘中にちょっとだけ寒くなったことを感じる余裕なんて無いはず。目の前の敵に常に集中して、かつ動いて自身の体温も上昇傾向にあるから。
でも、気付いてないだけで、あんたの手はしっかりかじかんでたってわけ! もちろん自覚できるレベルではないわ。そこまで温度を下げたら、さすがに気付いちゃうから。だから指先がちょっとだけかじかんでウーの攻撃で刀を落とせるくらいに、少しずつ下げていったの」
恐らくそうだと解っていなければ、俺も気付くことができない温度差だ。今こうして運動をやめてみると、温度が下がっていることがよく解る。
「し、しかし、奴は?」
「もちろん俺も範囲内に居た。当然体が冷えてきたさ。だから途中で爆力剛筋により魔力を体に流したんだ」
途中までは一緒に体力が落ちて行ったので、実力差は拮抗したままだ。だからガンジマルが、自身の身体能力が落ちていると気付くことはできない。そこまで錯覚させたら、あとは自分の体力を戻すだけだ。
「某が矢を投げた時にはもう?」
「唱え終わっていたのかって? もちろんよ!」
「馬鹿な! 死ぬかも知れなかったのでござるよ」
レアーはネイアを見る。
「ねえ、あんたってホントただ強いだけの男で人を全く見ないわよね。どんだけ一緒にパーティ組んでたのよ」
ガンジマルは言っている意味が分からないと言う風に首を傾げる。
「あの状況で、ネイアが私を守らないわけないじゃない!」
「そんな他人の善意に甘え切ったことを……」
「それが仲間です!」
ネイアが一歩前に出る。
「私は法術を使えません。しかし仲間を守りたいと言う思いは、今も変わりません。ですからあれは善意などではありません。仲間を守ると言う、当たり前のことを行っただけに過ぎません」
ガンジマルは項垂れた。
「仲間……。当たり前のこと、でござるか。ははっ」
そしてそのまま膝を突き、アンバランスになった手と腕を地面に着いた。
「某の力、何とか役立てて頂けないでござろうか」
平伏したまま宣う。
「負けを認めると言うことか」
「無論。完敗でござる。そのうえ、某に足りないもの、本来のパーティの在り方まで見せつけられた。己の浅ましさを痛感せざるを得ないでござる。このままでは死んでも死に切れないでござる。これからヨールー殿を倒しに行くのでござろう? 一筋縄ではいかぬゆえ、某の力もどうか使って頂きたい」
俺はレアーに視線を振った。
「力って言ってもあんた、片手無いわよ?」
「片手でも刀は振るえるでござる」
「怪我人背負って戦える程の余裕はないんだけど」
「治療してもらうつもりは毛頭ないでござる。この命、ヨールー討伐のあとにまで持ち越す気はござらん」
「つまり、玉砕覚悟で仲間の為に命を張ってくれるってこと?」
「いかにも」
レアーは肩を落として溜め息を吐いた。
「全くしょうがないわねえ」
「かたじけない」
レアーに目で促され、俺は城の入り口に歩いていく。
そのあとをネイア、ロアネハイネの順で行く。
こんなにあっさり寝返るものなのか?
そういう疑問は当然あったが、レアーの判断力は俺を上回っている。ガンジマルの性格も知り尽くしたうえで許しているに違いない。
ガンジマルが地面に突き刺さった刀に近寄る。
柄に付いた自分の手を引きはがし、片手で持ち手を握った。
「そう言えば、霜柱監獄がただ温度を下げるだけの魔術なのになんで攻撃魔術としての扱いなのか、言ってなかったわね」
レアーの声に反応せず、ガンジマルは刀を引き抜いた。
歯茎を剥き出しにした笑いをレアーに向ける。
「本当に本当に……かたじけないでござるぅうう!」
ガンジマルが刀を振り上げた。
この位置、不味い、間に合わない、一番近いのは、レアー!!
「逃げ――」
「絶対零度!」
レアーが視線を変えることなくそう言い放つと、ガンジマルはビギッと固まり、そのまま動かなくなった。
そこへ一瞬遅れで矢が飛来し、額に命中するとガラスが割れる様に頭が飛び散った。
頭を無くした体はそのまま後ろに倒れ、地面にぶつかると同時に鈍い音を立ててひびが入っていた。
まるで体そのものが氷になったようだった。
「霜柱監獄は絶対零度を使う為の準備魔術なのよ。あらゆるものを一瞬で凍らせる強力な魔術である代わりに、範囲が狭いのと準備に手間取るっていう弱点があるから普段は使わないんだけどね。はーあ、最後まであたしの説明を聞いていれば死ぬことも無かったのに、ね?」
そう言って魔剣を振りかぶったまま固まっていた俺にいたずらっぽい笑みを向けてくる。
「そ・れ・に、詠唱していたフリのフリだって、仲間なら気付いたはずなのにね! 残念エロ侍!」
そう言えば会話しながら二つ以上の魔術を並行発動できるんだったな。
流石に二段構えにしているとは気付かなかった、とは言わないでおこう。
ただ《《知っていた》》のだ。
「レアーの魔術がいつから展開されていたか、解るか?」
ガンジマルは目をギョロッと覗かせて、レアーを見る。
「展開も何も、まだ」
そう。レアーは今も詠唱している。
「フリをしているだけだ」
ガンジマルから目を切ることはできないが、きっとレアーは笑っていたのだろう。
「何がおかしいのでござるか!」
憤慨するガンジマルに耐え切れなくなったのか、クスクスと笑い声が聞こえた。もちろんレアーの。
「どれだけ敵の動きが解ってもさ、わっかんないもんよねー! 《《自分の体のことは》》!」
「どういう……」
言いかけてガンジマルは気付いたのだろう。表情が怒りから驚愕に変わった。
「……なぜ、息が白い」
言いながらももう解っているはずだ。
「あんたさ、魔術のこと全然解って無いでしょ? 唱え終わりに大声出さなきゃ発動できないって思ってるでしょ? 出来んのよ。小声でも。詠唱さえしっかりしていれば。しかもこんな低級難度の魔術なら」
彼女が発動した低級魔法。
「霜柱監獄。発動ポイントの半径5メートル以内の温度を下げる。ゆっくりと。
正直攻撃魔術として認定して良いかどうか迷うレベル。氷結系魔術なら、一瞬で氷を作って相手に突き刺すなんてものもあるし、足元を氷漬けにして身動きとれなくするなんてものもある。けど、それだとあんたの飛燕眼に捕捉されちゃうでしょ? でも《《温度なら見ることもできないし》》、妖刀で《《斬ることもできない》》。発動ポイントそのものを斬られちゃえば話は別だけど、戦闘中にちょっとだけ寒くなったことを感じる余裕なんて無いはず。目の前の敵に常に集中して、かつ動いて自身の体温も上昇傾向にあるから。
でも、気付いてないだけで、あんたの手はしっかりかじかんでたってわけ! もちろん自覚できるレベルではないわ。そこまで温度を下げたら、さすがに気付いちゃうから。だから指先がちょっとだけかじかんでウーの攻撃で刀を落とせるくらいに、少しずつ下げていったの」
恐らくそうだと解っていなければ、俺も気付くことができない温度差だ。今こうして運動をやめてみると、温度が下がっていることがよく解る。
「し、しかし、奴は?」
「もちろん俺も範囲内に居た。当然体が冷えてきたさ。だから途中で爆力剛筋により魔力を体に流したんだ」
途中までは一緒に体力が落ちて行ったので、実力差は拮抗したままだ。だからガンジマルが、自身の身体能力が落ちていると気付くことはできない。そこまで錯覚させたら、あとは自分の体力を戻すだけだ。
「某が矢を投げた時にはもう?」
「唱え終わっていたのかって? もちろんよ!」
「馬鹿な! 死ぬかも知れなかったのでござるよ」
レアーはネイアを見る。
「ねえ、あんたってホントただ強いだけの男で人を全く見ないわよね。どんだけ一緒にパーティ組んでたのよ」
ガンジマルは言っている意味が分からないと言う風に首を傾げる。
「あの状況で、ネイアが私を守らないわけないじゃない!」
「そんな他人の善意に甘え切ったことを……」
「それが仲間です!」
ネイアが一歩前に出る。
「私は法術を使えません。しかし仲間を守りたいと言う思いは、今も変わりません。ですからあれは善意などではありません。仲間を守ると言う、当たり前のことを行っただけに過ぎません」
ガンジマルは項垂れた。
「仲間……。当たり前のこと、でござるか。ははっ」
そしてそのまま膝を突き、アンバランスになった手と腕を地面に着いた。
「某の力、何とか役立てて頂けないでござろうか」
平伏したまま宣う。
「負けを認めると言うことか」
「無論。完敗でござる。そのうえ、某に足りないもの、本来のパーティの在り方まで見せつけられた。己の浅ましさを痛感せざるを得ないでござる。このままでは死んでも死に切れないでござる。これからヨールー殿を倒しに行くのでござろう? 一筋縄ではいかぬゆえ、某の力もどうか使って頂きたい」
俺はレアーに視線を振った。
「力って言ってもあんた、片手無いわよ?」
「片手でも刀は振るえるでござる」
「怪我人背負って戦える程の余裕はないんだけど」
「治療してもらうつもりは毛頭ないでござる。この命、ヨールー討伐のあとにまで持ち越す気はござらん」
「つまり、玉砕覚悟で仲間の為に命を張ってくれるってこと?」
「いかにも」
レアーは肩を落として溜め息を吐いた。
「全くしょうがないわねえ」
「かたじけない」
レアーに目で促され、俺は城の入り口に歩いていく。
そのあとをネイア、ロアネハイネの順で行く。
こんなにあっさり寝返るものなのか?
そういう疑問は当然あったが、レアーの判断力は俺を上回っている。ガンジマルの性格も知り尽くしたうえで許しているに違いない。
ガンジマルが地面に突き刺さった刀に近寄る。
柄に付いた自分の手を引きはがし、片手で持ち手を握った。
「そう言えば、霜柱監獄がただ温度を下げるだけの魔術なのになんで攻撃魔術としての扱いなのか、言ってなかったわね」
レアーの声に反応せず、ガンジマルは刀を引き抜いた。
歯茎を剥き出しにした笑いをレアーに向ける。
「本当に本当に……かたじけないでござるぅうう!」
ガンジマルが刀を振り上げた。
この位置、不味い、間に合わない、一番近いのは、レアー!!
「逃げ――」
「絶対零度!」
レアーが視線を変えることなくそう言い放つと、ガンジマルはビギッと固まり、そのまま動かなくなった。
そこへ一瞬遅れで矢が飛来し、額に命中するとガラスが割れる様に頭が飛び散った。
頭を無くした体はそのまま後ろに倒れ、地面にぶつかると同時に鈍い音を立ててひびが入っていた。
まるで体そのものが氷になったようだった。
「霜柱監獄は絶対零度を使う為の準備魔術なのよ。あらゆるものを一瞬で凍らせる強力な魔術である代わりに、範囲が狭いのと準備に手間取るっていう弱点があるから普段は使わないんだけどね。はーあ、最後まであたしの説明を聞いていれば死ぬことも無かったのに、ね?」
そう言って魔剣を振りかぶったまま固まっていた俺にいたずらっぽい笑みを向けてくる。
「そ・れ・に、詠唱していたフリのフリだって、仲間なら気付いたはずなのにね! 残念エロ侍!」
そう言えば会話しながら二つ以上の魔術を並行発動できるんだったな。
流石に二段構えにしているとは気付かなかった、とは言わないでおこう。