ゴブリンの話を聞いている時に、何となくこの着地は見えていた。
 勇者に乗っ取られた魔王城。
 前回ヘルと会った時に正体は見破られている。

「ちょっと、どういうことよ!? あたしたちを騙してたってわけ? え、って言うか本当に魔王ってこと!?」

 混乱するレアー。二人は押し黙っている。

「そうだ」

 俺が短く言い切ると、みんなは顔を引きつらせた。

「え、ちょ、ちょっといったいどういう」

 ただ一人、ネイアを除いては。

「どう言うことか、教えて頂けますか? ウーさん」

 動揺の無い、芯の通った蒼い瞳が俺の目線をしっかり捉える。

「理由を語る前に、三人には本当のことを黙っていたことを謝っておきたい。本当にすまなかった」

 深々と頭を下げる。

「謝られたところで、いったいどうして魔王の俺がこんなことをしているのか分からない以上、許すも何もないだろう。だからすべてを話そう。これから語ることはすべて真実だ。突拍子もない話も出てくるが、どうか信じて欲しい」
「魔王の言うことを信じろって言われてもねえ」
「私は信じますよ?」
「え!?」
「……ボクも」
「ええ!?」

 二人の発言を聞いてレアーは困った顔をする。そのうち溜め息を吐いてその顔は諦めに変わった。

「はいはい、解ったわよ。じゃあ話だけでも聞いてあげる」
「ありがとう。今から話す話はゴブリンも知らない話だ。一緒に聞いてほしい」
「はいぃ」

「先も言ったように、俺は魔王だ。だが、みんなが知っている魔王ではない。俺は、元々は魔王ではなく人間だった。しかもこの世界ではないところの。そこから魂だけやってきて、魔王の体に憑依させられた。神によってな」

 ここまで話しただけで、みんなの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見て取れる。そりゃあ訳の分からない話だろうな。
 そう言うことで俺はこのくだりを5回ほど繰り返した。

「取り敢えず、言葉の上での理解だけならしたわ」
「理解が早くて助かる。元々この世界の魔王は強いらしい。だから、神いわく、勇者がいくら聖剣を手に入れた所で太刀打ちは出来なかったらしい。そこで俺は魔王の体に転生させられ、自殺することを命じられた。だが当然そんなことなどできるわけもなく、そうこうしている内にネイアたちが城に乗り込んできたんだ」
「では、あの時戦った時には既にウーさんが魔王だったのですね」
「そうだ」
「あー、だからあの時七階層の魔剣だったの?」
「そうだな。俺自身、自分が何階層の魔剣を使っているかなど、知らずに使っていたが」
「純粋な……魔王じゃないから、弱い……?」
「そのようだ。神もそう言っていた」

 俺はゴブリンに視線を向ける。

「ゴブリンよ。だから今の俺は魔王ではなく人間の心を持っている」
「魔王様の心はぁ、死んでしまったのですかぁ?」
「いや、居る。実際力が暴走してしまうことがあるからな。先の戦いで新生魔王軍を全滅させたのも、俺の力じゃあなく、魔王の力なんだ。このまま俺としていられるのか、もしくは元の魔王になるのか。或いは二つの心が共存する形になるのかは、分からない」

 三人に視線を戻す。

「君たちが去ったあと、俺の為に宴が開かれた。魔王の部下たちはみんないい奴ばかりだった。人間からしてみたら悪でしかないかも知れないが、仲間同士で和気あいあいと触れ合う姿は、人間のそれと全く相違なかった。
 それに部下から聞く魔王像も人間を憎む人間の敵ではあるものの、一本の線が通った人物であることが解った。矛盾しない人格者。端的に言って良い奴だと感じた。
 しかし魔物の連中と触れ合えば触れ合う程俺の心は空虚に満たされた。彼らが慕って話し掛けているのは俺じゃあない。魔王なんだ。その魔王の心は今ここにない。それに元々は人間の俺が、人間を心底憎むことなどできようはずもない。出来ることなら魔王の体から抜け出して、人間として生きたかった。だがそれは無理だ。
 だから俺は姿形を変えて、人生をやり直す計画を立てた。子供の姿になったのはその為だ。
 だが神は俺のその行為を許してはくれなかった。自殺したくないと言うと、彼はこの世界に自分を召喚しろと言った。言われるままに召喚すると、直ちに結界を張られた」
「それ……つまり……」
「ああ。死に渋る俺に、神は直接手を下しに来た。真の魔王なら神ですら敵わなかったらしいが、俺ならば殺せると踏んだらしい」
「え。ちょっと待って? あんたが生きているって事は」

「そうだ。俺は神を殺した」

 俺の告白に、ゴブリンを含めた四人が固まる。一様に驚愕の表情だ。

「これでようやく自分の人生をスタートできる。そう思った。だが実際は違った。ネイア」
「はい」
「俺は君と出会った時に知った。神の死によって困っている人間が居ると言うことを。君が力を失った時期と、俺が神を殺した時期は矛盾しない。つまり、君は俺が神を殺した所為で力を失ったんだ。本当にすまないことをした。だが謝って済む問題ではない。だからせめてもの罪滅ぼしをと、君の命を守る約束をしたんだ」

 ネイアは目を伏して静かに頷いた。彼女の心中は察することができない。

「ちょっと待ちなさないよ」

 レアーがつかつかと歩み寄ってきて、俺の胸倉を掴む。

「つまり何? あんたが神を殺さなきゃネイアはパーティから外されなかったってこと?」
「そう言うことになる」

 レアーの表情が険しいものになる。

「ふざけないでよ! あんたは他の世界から来たから何にも分からないだろうけど、あたしたちが魔術や法術を使う為に、どんだけ努力したか解ってんの!? 魔王を倒す為にどれほどの覚悟をしていたか!? 分からないわよね! 自分勝手に神を殺して城を抜け出してきちゃったような奴なんだから! そもそもあんたが……」

 その通りだった。
 だがレアーはそこまで言って、言葉を切った。
 これ以上は言ってはいけないと思ったのだろう。
 優しい奴だな。
 法術を使えなくなったのはネイアなのに。ネイアは怒れないから、代わりに怒って。今だって怒りに任せて暴言を吐くこともできたのに、できないで黙っている。

「あの時俺が死んでいればな。何もかもうまく行っていただろうな」

 レアーの手から力が抜ける。
 肩が震えていた。

「でも俺は、浅ましくも生きようとしてしまった。すまない」

 死ねなくてすまないと言う言葉が心から溢れることがあるんだな。そんなこと神に対しては微塵も思わなかったのに。
 何となくそんなことを思った。