気が付くと、目の前にはネイアの顔があった。
「おはようございます」
「え。あ、おはよう」
麗らかな春に降る小雨を感じさせるたおやかさで笑う彼女に、今自分がどんな状況に置かれているのか、分からなくなる。
二人とも倒れたままだ。
ちょうど、お互い顔だけが見える状態。彼女に動いた形跡がないって事は、まだ動けないのだろう。俺は動けるだろうか。
手に力を入れると、指だけが動いた。
ああ、良かった。
痺れてはいるが、何度か動かせば感覚も戻ってくるだろう。
そう思って、指先を何度も動かした。
「ん……」
するとネイアから吐息が漏れた。
「あ、あの、……う、ウーさん、そんなに、ふぅ、動かしてはいけません」
「いや動かさないと感覚が」
自分の指先を見ると、信じられない光景が広がっていた。
それは、もう焦げ茶色から青紫に戻った指先が、ネイアのやわらかな双丘の上にぼふっと気持ち良さそうに寝っ転がり、そのやわらかさを確かめるように何度も何度ものびやかに屈伸運動をしていたのである。
端的に言えば、胸を揉みしだいていた。
「――すまない!」
「いえ」
「あと、どけられない! すまない」
「力が入らないのですね」
ネイアは不届き者の指をどけるどころか、優しく握ってくれた。
それから数分。静寂の中。彼女の鼓動だけを聞いていた。
生きている。彼女は生きている。
この美しき生命が、今ここにある。
今の俺に、これ以上が必要だろうか。
深呼吸をすると、体の節々が痛んだ。だが同時に、足や肩など動かせるようになっていた。感覚が徐々に戻ってきた。
ようやくのことで起き上がる。
ネイアも時同じくして起き上がる。
まだ横たわっているロアネハイネとレアーの元へ歩いていく。
遠めに見て流血はない。
ロアネハイネの肩を揺すると、意識を取り戻した。レアーはネイアが起こしていた。
「大丈夫か?」
「なんとか……。ウー君は……?」
「問題ない」
傷は完全に塞がっていた。問題なのは、あれほどの傷を負っていながら即座に回復した治癒能力と、瞬時に敵を一掃した破壊力。それが自分の力ではないと言うことと、操作不能なことだ。
「ええ!? すごっ! なにこれ!? 全部あんた一人でやったの!?」
直径15メートルの陥没した地形を見ながら、レアーが驚愕の声を上げた。
敵を退けたことも悟った風である。
これだけの力を使っておいて、自分が魔王であることは、もう隠しようがない。
全て打ち明けよう。
結果俺が迫害されようとも、こんな危ない力を持ったまま、一緒に居るよりは断然良い。
意を決して口を開こうとした時だった。
ロアネハイネが突然弓を構えた。
目が真剣みを孕んでおり、戦闘の時のそれだと解る。
照準は俺。
の、後ろの木だった。
ひゅんっと放たれた矢が当たる。
「ひゃあぁ!」
すると木の陰から悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのあるだみ声だった。
「誰!?」
レアーが木陰の後ろの人物に問い掛ける。
「う、撃たないでくださいぃ」
「いいから出てきなさい!」
恫喝するような声に臆したのか、返答すらない。
「出てこないなら木ごと燃やすわ」
「あひぃ~! すいませんすいません! 出ていきますからぁ! 撃たないでくださいぃ~!」
木陰から現れ出たのは、やはり声と同様に覚えのある顔だった。
魔王城に居た、ゴブリンである。
「何の用だ。同胞を殺した俺の前に現れるとしたら、報復か、或いは自殺かだが?」
俺の問いに、ゴブリンはしょぼんと俯いてしまう。
「私は、敵ではないですぅ」
「そんなの信じられるわけないでしょ!」
「ほ、本当なんですぅ」
そう言って懐から袋を取り出した。
みんなが身構える中、ネイアだけが朗らかに近づく。
「ネイア」
「大丈夫ですよ。この子は本当に危害を加える気はないようです。ウーさんと同じ、良い魔族です」
何を根拠に言っているのか分からないが、彼女の愚直なまでの信じる心は、時としてどんな理論より説得力があるもので、俺は何も納得してないのに頷いてしまった。
「これをぉ、どうぞぉ」
ゴブリンが袋から取り出したのは、葉っぱの包みだ。ネイアは何の疑いもなくそれを受け取った。
開くと中からキラキラ光る緑色の粉が出てきた。
「ゴブリンの……秘薬」
傍で見ていたロアネハイネが呟く。
ゴブリンはこくこくと頷いている。
「どういうこと?」
レアーが尋ねると、ロアネハイネが説明を始めた。
「ゴブリン……、自分が……気を許した、相手にしか……これを渡さない。友情、服従の……証」
「その通りですぅ。飲めばたちまち元気になりますのでぇ、疲れた体に是非ぃ」
ゴブリンは平伏して顔を上げない。
「ゴブリンさん、顔を上げてください」
「信じてもらえますかぁ?」
「信じますよ? ね? みなさん」
屈託のない笑顔を向けるネイア。
「信じる……ゴブリンの秘薬は……嘘を吐く為に……渡せない。渡せば……ゴブリン族の、恥」
「ロアネハイネが言うなら信じるわ」
俺も頷く。もちろん、恥知らずのゴブリンが魔王城に居ないとは言い切れないので、緊張は切らないでいるが。
「それで、結局お前は何をしに来たんだ?」
「皆様がぁ、信じてくれたところでぇ、お話しさせて頂きますぅ」
「おはようございます」
「え。あ、おはよう」
麗らかな春に降る小雨を感じさせるたおやかさで笑う彼女に、今自分がどんな状況に置かれているのか、分からなくなる。
二人とも倒れたままだ。
ちょうど、お互い顔だけが見える状態。彼女に動いた形跡がないって事は、まだ動けないのだろう。俺は動けるだろうか。
手に力を入れると、指だけが動いた。
ああ、良かった。
痺れてはいるが、何度か動かせば感覚も戻ってくるだろう。
そう思って、指先を何度も動かした。
「ん……」
するとネイアから吐息が漏れた。
「あ、あの、……う、ウーさん、そんなに、ふぅ、動かしてはいけません」
「いや動かさないと感覚が」
自分の指先を見ると、信じられない光景が広がっていた。
それは、もう焦げ茶色から青紫に戻った指先が、ネイアのやわらかな双丘の上にぼふっと気持ち良さそうに寝っ転がり、そのやわらかさを確かめるように何度も何度ものびやかに屈伸運動をしていたのである。
端的に言えば、胸を揉みしだいていた。
「――すまない!」
「いえ」
「あと、どけられない! すまない」
「力が入らないのですね」
ネイアは不届き者の指をどけるどころか、優しく握ってくれた。
それから数分。静寂の中。彼女の鼓動だけを聞いていた。
生きている。彼女は生きている。
この美しき生命が、今ここにある。
今の俺に、これ以上が必要だろうか。
深呼吸をすると、体の節々が痛んだ。だが同時に、足や肩など動かせるようになっていた。感覚が徐々に戻ってきた。
ようやくのことで起き上がる。
ネイアも時同じくして起き上がる。
まだ横たわっているロアネハイネとレアーの元へ歩いていく。
遠めに見て流血はない。
ロアネハイネの肩を揺すると、意識を取り戻した。レアーはネイアが起こしていた。
「大丈夫か?」
「なんとか……。ウー君は……?」
「問題ない」
傷は完全に塞がっていた。問題なのは、あれほどの傷を負っていながら即座に回復した治癒能力と、瞬時に敵を一掃した破壊力。それが自分の力ではないと言うことと、操作不能なことだ。
「ええ!? すごっ! なにこれ!? 全部あんた一人でやったの!?」
直径15メートルの陥没した地形を見ながら、レアーが驚愕の声を上げた。
敵を退けたことも悟った風である。
これだけの力を使っておいて、自分が魔王であることは、もう隠しようがない。
全て打ち明けよう。
結果俺が迫害されようとも、こんな危ない力を持ったまま、一緒に居るよりは断然良い。
意を決して口を開こうとした時だった。
ロアネハイネが突然弓を構えた。
目が真剣みを孕んでおり、戦闘の時のそれだと解る。
照準は俺。
の、後ろの木だった。
ひゅんっと放たれた矢が当たる。
「ひゃあぁ!」
すると木の陰から悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのあるだみ声だった。
「誰!?」
レアーが木陰の後ろの人物に問い掛ける。
「う、撃たないでくださいぃ」
「いいから出てきなさい!」
恫喝するような声に臆したのか、返答すらない。
「出てこないなら木ごと燃やすわ」
「あひぃ~! すいませんすいません! 出ていきますからぁ! 撃たないでくださいぃ~!」
木陰から現れ出たのは、やはり声と同様に覚えのある顔だった。
魔王城に居た、ゴブリンである。
「何の用だ。同胞を殺した俺の前に現れるとしたら、報復か、或いは自殺かだが?」
俺の問いに、ゴブリンはしょぼんと俯いてしまう。
「私は、敵ではないですぅ」
「そんなの信じられるわけないでしょ!」
「ほ、本当なんですぅ」
そう言って懐から袋を取り出した。
みんなが身構える中、ネイアだけが朗らかに近づく。
「ネイア」
「大丈夫ですよ。この子は本当に危害を加える気はないようです。ウーさんと同じ、良い魔族です」
何を根拠に言っているのか分からないが、彼女の愚直なまでの信じる心は、時としてどんな理論より説得力があるもので、俺は何も納得してないのに頷いてしまった。
「これをぉ、どうぞぉ」
ゴブリンが袋から取り出したのは、葉っぱの包みだ。ネイアは何の疑いもなくそれを受け取った。
開くと中からキラキラ光る緑色の粉が出てきた。
「ゴブリンの……秘薬」
傍で見ていたロアネハイネが呟く。
ゴブリンはこくこくと頷いている。
「どういうこと?」
レアーが尋ねると、ロアネハイネが説明を始めた。
「ゴブリン……、自分が……気を許した、相手にしか……これを渡さない。友情、服従の……証」
「その通りですぅ。飲めばたちまち元気になりますのでぇ、疲れた体に是非ぃ」
ゴブリンは平伏して顔を上げない。
「ゴブリンさん、顔を上げてください」
「信じてもらえますかぁ?」
「信じますよ? ね? みなさん」
屈託のない笑顔を向けるネイア。
「信じる……ゴブリンの秘薬は……嘘を吐く為に……渡せない。渡せば……ゴブリン族の、恥」
「ロアネハイネが言うなら信じるわ」
俺も頷く。もちろん、恥知らずのゴブリンが魔王城に居ないとは言い切れないので、緊張は切らないでいるが。
「それで、結局お前は何をしに来たんだ?」
「皆様がぁ、信じてくれたところでぇ、お話しさせて頂きますぅ」