これが、本物の力なのか。

 などと呑気に考えている場合ではなかった。
 今この体の主導権は、確実に俺ではない。
 何とか戻そうとするが、どうすればいいのか分からない。
 まるで夢の中で言うことを聞かない自分の体のよう。歯がゆさと苛立ちすら、感じることが出来ない体のもどかしさ。

 そうこうする間にも、俺は浮遊しながら進んでいく。不意に爪先に何かが当たった。
 下を向くとそこにはネイアが居た。
 彼女は意識を取り戻していない。
 ぐったりと横たわっている。

 俺は、俺の体は、ネイアに跨り膝をついた。
 手が首に回る。

 クソ!

 首を絞めて殺す気か。
 体が動こうとする方向とは逆に意識を持っていくと、なんとか動きはゆっくりになったが、首から手が外れることはない。

 動け!
 何の為だ!
 何の為に俺のこの手はあるんだ!

 自殺する為か?
 神を殺す為か?
 人を殺す為か?

 違うだろ!
 大切な人を守る為だろ!

 魔王の行動に精一杯抗う。
 しかし確実に、ゆっくりとではあるが、首を絞めていく。
 ギチギチと言う音が耳にまで届く。

 誰か!
 誰か!

「ロ……」

 声帯がほんの少しだけ震える。
 出ろ。声。

「ロアネハイネ! レアー! 起きろ!」

 起きてくれ。

「起きて俺を殺せぇええええええええ!」

 のどを裂かんばかりの勢いで叫んだ。絶叫だ。
 すると、目の前のネイアの瞼がうっすらと開いた。

「逃げろ! ネイア!」

 しかしその言葉に、彼女は身を捩って逃げるどころか、ふふっと笑った。
 首を絞められながら、安心しきった笑顔を見せる。
 涙があふれて止まらない。
 彼女の、ことここに至っての、満月のような微笑みに。
 ネイアの震える手が、優しく頬に触れ、そのまま首の後ろに回る。

 頼む。
 お願いだ。
 そのまま首を絞めてくれ……。
 君になら殺されても構わない。

 だが、その手は首から後ろに回って、頭を優しく撫ぜていた。

「大丈夫、大丈夫」

 掠れた声で、あやすように囁く。

 その瞬間、頭の中に確かにあったはずの黒い靄のようなものが、音もなく蒸発するのを感じ、同時に意識が白に飲み込まれた。