音が聞こえると共に、弾丸が飛んできた。
 バックステップでそれを避ける。

 銃!? いったいなぜ。

「みなさん、後退してください!」

 ネイアの透き通った声が響く。
 言われるままに後退をする。

「ロアネハイネさん! 魔王と同じ武器を使う魔物が居ます! 弓で封殺してください!」

 言われるが早いか、ロアネハイネは弓を構えていた。
 敵の二撃目が発射されるより早く、ロアネハイネが矢を放つ。それを追従するように地を蹴って肉薄。
 矢は敵が構えた銃のマズルに突き刺さり、魔剣は相手の胴を上下に切り離した。
 胴体から噴水の様に吹き上がった鮮血が、俺を濡らした。

 魔剣をひゅんっと振る。
 切れ味を落とさない為に血を振り払ったのだ。
 しかし魔剣から血は落ちない。と言うより、魔剣には血が付いていなかった。不思議に思って目を凝らすと、血が剣に付着すると同時に消えて行くのが解った。いや、消えているのではなく、吸っているのだ。魔剣が。
 いつも使い終わったらすぐに魔界に戻していたから、気付かなかった。
 刃が妖しく光る。
 すると、刃渡りが肉眼でも確認できるほど伸びた。同時に重くもなる。
 グレードアップをしたと言うことなのだろうが、こちらとしては余計なことだ。
 扱えないレベルではないが、疲れやすくなってしまう。現状前衛の俺には俊敏性が求められると言うのに。

 しかしそうは言っても敵は待ってくれない。
 武装した集団が次々に現れる。
 剣を逆手に持ち変える。
 やはり重いな。
 姿勢を低く走り出したが、剣先が地面に付いてしまう。

爆力剛筋(ハードマッスル)!」

 自身の両腕と両足に魔力を流し込み、血管から無理矢理筋肉を強化する。こんな荒っぽい魔術では、一時的な筋力増加しか見込めないうえ反作用が怖いが、今はそんなことを気にしている場ではなかった。
 筋力を増した肉体は、より鋭敏な活動を可能にした。

 三匹の魔物が一斉に銃を構える。
 こちらの間合いからは随分遠い。
 地面を爆散させ、低い位置から相手の顔面へ飛翔。

 相手が視認するより早く俺の足裏は相手の顔に刺さっていた。
 証拠に、引き金に指が掛かっていなかった。
 遅れて反応した両側の魔物がこちらに銃を向ける。
 顔に足を突き刺したまま、身をぐるっと捻る。
 剣で銃ごと手を切り落とし、そのまま地面に突き刺す。
 剣を突き放す反動でもう片方の魔物に飛び掛かる。
 銃口はこちらに向いている。
 ちょうど額を捉えているようだ。
 魔物の指がトリガーを引いた。
 弾丸が放たれる刹那、身を捻って避ける。

「ナ!?」

 この距離なら必中だと思ったのだろうが、直線的な攻撃ゆえにタイミングさえ合わせられれば回避行動は斬撃よりも容易だ。

 そのまま下から相手の顎を掌底で突き上げ、銃を取り上げる。
 自分のものとなった銃を敵に向け引き金を引く。
 放たれた弾丸は魔物の頭部に直撃し、びくびくっと一瞬痙攣して動かなくなった。
 刺さった魔剣を回収して、腕がなくなった魔物の胸に突き刺す。
 最初に蹴りを浴びせた魔物は既に絶命していた。

 魔物が持っている銃を回収する。
 見た目は最初にこの世界に異空間転移させたベレッタに似ているが、そのものではない。刻印も無ければ、部分的に使われている素材が違う。グリップには木材が使用されていた。

 それからも次々に来る魔物たちを銃で迎撃しては奪って、を繰り返した。ロアネハイネとレアーの援護があるだけじゃあなく、敵勢力が銃の使い方に慣れていないことも救いだった。照準の合わせ方も分からないらしく、撃つ弾がまともに向かって来ることが少なかった。それに、よく弾詰まりを起こしていた。
 だから途中からは相手の武器を奪って使うことはやめた。いつ暴発するとも分からなかったから。

 最初に銃を見た時は面食らったが、何とかなりそうだ。
 そう思っていた。

 ——キャリキャリキャリキャリ。

 遠くからとてつもない騒音を響かせ、木々を薙ぎ倒しながら近づいてくるモンスターが現れた。

「あれは! 魔王が召喚していた炎の魔物です! ウーさん一度大きく後退してください!」

 なんで戦車が!?

 混乱しながらもネイアの指示通りに後退。
 これは間違いなく、魔王城に転移させた戦車だ。しかしあれはもう動かないはず。

 主砲はこちらを向いている。
 球が飛んで来たら、魔術で封殺できるのか分からない。

 戦車が停車し、しばらく見合う。
 戦車の後ろにはまだ武装した魔物が控えている。

 戦車のハッチが開く。
 そこから出てきた男は銀髪に灰色の肌をしていた。メガネをくいっと上げてこちらを見ている。

「ヤリマスねぃ!」

 間違いない。ヴァンパイアだった。
 研究したいと言っていたが、こんなに早く実用化と量産に成功するのか。とんでもない頭脳の持ち主に地球の兵器を与えてしまったんだな。あの戦い以降、兵器を異空間転移で呼び寄せることはなかったが、これからも絶対やってはいけないな。この世界に悪影響しか与えなさそうだ。

「ソコの魔人、こちらの軍門に下りませんかねぃ?」
「断る」
「なぜ人間の味方などするのデスカ? 今ならマダ間に合います、私の部下にしてあげますねぃ」
「魔王様」

 戦車の隣に居た、頭の無い鎧だけの魔物——リビングアーマーが放った声に、俺は一瞬反応しそうになる。

「なんですねぃ?」

 反応したのはヴァンパイアだった。

「人間に肩入れするような魔物ですから、味方にしたところで足手まといになるのでは?」
「それもそうですねぃ。戦闘能力が高いだけに、モッタイナイですが、仕方ありませんねぃ」

 ヴァンパイアが、魔王?

「あんたが魔王ってどういうことよ!」

 俺の代わりにレアーが発言していた。
 リビングアーマーがスイッと前に出る。

「先代の魔王様は、我々を置いてどこかに行ってしまったのだ。我々は統率する者が居なければバラバラになってしまう。そんな折、ヴァンパイア様が新しい武器を開発した。魔術でも法術でもない、新しい術。我々は力の強い者に服従する。それは個体の強さだけではない。他のものを強くしてくれる方も、リーダーとしては強いと言える。ヴァンパイア様はまさにそういうお方だ。
 魔王城に残された魔物たちで集まり、ヴァンパイア様に新しい魔王様として君臨して頂き、新しく魔王軍を発足した、と言うことだ。差し詰め我々は、新生魔王軍と言ったところか」
「その、新生魔王軍が、なぜこんなところに? ヴァンパイアも魔王になったのなら玉座にいればいいのに」
「魔人よ。ことはそう簡単ではないのだ。
 我々はヴァンパイア様を新しい魔王様にすることにいささかの不満も無いが、魔物の中にはリベラル派もいる。ヘル様が特にそうだ。先代の魔王様に固執しており、ヴァンパイア様を魔王様とお認めにならなかった。
 端的に言えば、先代魔王様がお帰りになられるまで待つ派と、待っていられない派で魔王城は二分化した。
 そして我々は新しい魔王城を探す為に城を出ることにした。二分化されたとはいえ、先代魔王様時代に、ヘル様には大変お世話になった。それはヴァンパイア様も同じ。ならばこちらが出ていくのが道理。だから今我々は新魔王城へと進軍中なのだ」
 俺が居ない間にそんなことが起きているとは。
 魔物たち同士で話し合って、落ち着くところに落ち着くと思ったが、これは予想していなかった。
「新魔王城って、あてはあるのか?」
「この間村人を全員子供にしてやった村が落としやすい所だと、メボシをつけていますねぃ」

 本当に俺は罪作りな魔王だ。いろんな所に災厄の種を蒔いて生きている。その芽は、責任をもって摘まねばならない。

「そう言うことなら、ここを通すわけにはいかない。俺はそこの村人たちにも肩入れしているんでな」

 ヴァンパイアは深く溜め息を吐いて、リビングアーマーに目線で合図を送った。
 リビングアーマーは後ろを振り向いて、魔物たちに開戦を告げる。

「皆殺しだ!」

 俺はレアーの顔を見る。
 彼女はニヤリと笑っている。やはり器用だな。あいつらと話していた間中ずっと魔術を並行詠唱していたとは。

「あんたの言葉そのまま返すわ! 禁術・破断地裂火炎焼土(ジェノサイド・サラマンダー)!!」

 進行してきた魔物たちが立っていた地面が割れ、炎が噴き出す。
 何匹かが地面に吸い込まれ、刹那に蒸気と化した。
 更に噴き出した炎は空中で四方八方に広がり、帯状の生き物のように魔物を追い回す。

 魔物たちは戦車ごと後退する。
 だが魔物たちもやられてばかりではない。
 主砲が咆哮を上げる。

 ——ドッコォン!

風風千壁(ウィンドプロテクション)!」

 すぐさま風魔術を展開するが、弾はまっすぐこちらに向かってくる。少しは進行方向を変えられたか。
 弾は誰にも当たらず、ちょうど四人の中心辺りに着弾する。
 地面にめり込んだ弾は筒状だ。
 およそ弾丸とは言えない。
 実際の戦車の弾を見たことないが、こんな形なのだろうか。
 とにかく狙いが外れて良かった。
 目を切って戦車に向き直ろうとした時だった。

 ——パカッ。

 開閉音がした。
 筒状の弾に目を戻すと、先ほどの筒がまるで種をまき散らした後の松ぼっくりの様になっている。

岩石障壁(ロックバリア)!」

 俺は気付いたら叫んで魔術を紡いでいた。
 岩の壁を発生させる。
 砲弾を囲むように、全員の前に。

 ——ドドドドドドッ!

 岩の向こうから音がした。
 何が起きているか分からないが、さっきの弾から榴弾のようなものが飛んでいるのだろう。
 とにかく間に合ったようだ。

 しかし、

 ——ドゴォオオン!

 爆発音を耳で確認した時には既に何もかもが終わった後だった。

 視線の先には空と雲と木々の葉があるだけ。
 いつの間にか仰向けに倒れていた。
 どうやら、先の砲弾が爆発し、岩の障壁がぶち壊され、大きく吹き飛ばされたらしい。

 慌てて起き上がろうにも力が入らない。
 横たわったまま、唯一動かせる首だけを曲げて、周りを見る。
 自分からは離れた場所に、ネイアの姿を発見した。彼女も横になっている。全く動いていない。目立った外傷はない。恐らく爆風によるショックで気絶しているのだろう。
 ロアネハイネとレアーはもっと離れた場所で、同じような状態にある。怪我をしているかどうかは分からない。
 自分が何とか起き上がらなければ。このままでは全員殺されてしまう。
 しかしいくら動こうとしても、体に全く力が入らない。どうしてだ。
 と、自身の体にその時初めて目を向けた。
 その目を疑った。

 腹が思いっきり抉れ、内臓が見えていた。手前に見える白いのは、あばら骨か?
 赤黒い臓器が、ボクンッボクンッと生きていることを主張してくる。

 なんだこれ。
 冗談だろ。

 血がダラダラと止まらない。魔王お得意の死への進行を止める、と言うのも無理そうだ。なにせ魔術を使おうにも、声さえも出ない状況だ。

 景色が赤く染まっていく。
 多分頭にも裂傷が出来たんだろう。
 何となく、ぼやっと温かいことだけは解ったが、しかし痛みを感じることはできない。痛くないってことは、神経が麻痺しているってことだ。

 ああ。
 死ぬんだ。
 俺。

 ネイア。
 すまない。
 約束したのに。

 視界がかすれていく。
 もう、景色が赤なのか白なのかも分からなくなってきた。
 そのぼやけた視界の中で、何かが動いていた。

 魔物か……?

 確かあそこには、ネイアが居る。はずだよな。
 待て。何をやっているんだ。
 彼女は法術を使えないただの人間だぞ。

「ふほっ。綺麗な肌してやがるぜ。たまらねえな」

 ガサゴソと音がする。

「うひょー、やわらけえ。このまま殺すのはもったいねえな」
「ふひひひ。たっぷり犯してから殺してやろうぜ」
「どうせ死ぬんだ。どれだけまわしても問題ないだろ」

 複数の魔物の声が聞こえる。

 やめろ。


 ……やめろ!



 ――やめろぉおおお……!