次なる夕食を作ろうとロアネハイネが席を立つ。
 俺はそれについていく。

 村から借りてきた鍋に、動物の肉や森でとれたキノコや野草の類が入っている。スープとシチューの中間のような粘度の汁物だ。

 ロアネハイネはそれを火にかけ、ぐるぐるとかき混ぜている。
 手伝おうとして隣に立つ。

「これを混ぜればいいのか?」

 彼女は驚いて一歩引いて、それから目を逸らしてまた作業に戻った。

「いい……。ボクがやるから」
「なぜだ。俺にもやらせてくれ」

 しばらく何も言わないで俯いたまま、おたまをぐるぐる回す。
 傍を離れないので観念したのか、俺の方を見る。耳は元気なさげに垂れている。

「ウー君は……、この中で一番強い。ボクが、やらないと……」
「ロアネハイネ。君には誰にも負けない弓術がある。それに獣を狩る術も誰よりも長けている。野草やキノコの毒の有無の知識がなければ、こんなに美味しそうな料理を作る事は出来ないだろう? ネイアは君に感謝していた。毎日ご飯を用意してくれることに。こんなに辛いことだと思いもよらなかったと」

 気恥ずかしそうに視線を逸らす。でも尻尾を横に振っているので、嬉しいのだろう。

「俺は確かに強いのかも知れないが、魔人だからと言う理由で村人に迫害を受け、その所為でみんなに迷惑をかけているし、ネイアも法術が使えない。レアーは多分、ロアネハイネが付いてきてくれて嬉しいはずだ。このパーティに対する君の貢献度は極めて高いと思うぞ? だから雑用を何もかも引き受ける必要はない。変わるのが嫌なら、せめて俺に料理を教えてくれ」

 ロアネハイネは俯いたままおたまを俺に渡す。

 尻尾がパタパタと勢いを増し、時折俺の首筋を撫ぜる。俺は彼女より背が低いので、尻尾の最高到達点がちょうど首辺りになる。
 くすぐったいが、気持ちが良かった。

「その尻尾、可愛いな」

 何の気なしに、本当にただの褒め言葉で言ったつもりだった。
 しかし彼女は顔を真っ赤っかにして、口をパクパクとさせて、それから走ってレアーの元に逃げていった。

 何か悪い事をしただろうか。
 おたまでぐるぐるとかき混ぜていると、レアーが近づいて来た。

「あんた、ロアネハイネに何か言った?」
「何かって、ただ尻尾が可愛いなって。あと、何もかも全部自分でやろうとしなくていいと言ったが」
「ふーん、そっか! 悪い事言ったんじゃないならいいわ」
「ロアネハイネが何か言っていたのか?」
「んーん。すごく嬉しそうなのに泣いてたから、何か言ったのかなって思っただけ。あの子、口下手だから、どうやって気持ちを伝えていいか分からない時は、顔真っ赤っかにして泣いちゃったりするのよねえ」

 レアーはふうっと溜め息を吐いて両掌を上に向けた。

 ぐつぐつと煮えるスープを見て、そろそろかと思って火から外した。

「実質崩壊したとも言える勇者一行なわけだが、そもそもレアーはなぜ魔王を倒そうと?」
「え?」
「話を聞く限りではヨールーの性格は元々のようじゃないか。なら、仲間になるには相応の理由があるんじゃないか? 魔王に恨みがあるのか? それともアミュの様に種族の為か?」
「あたしの場合、家系上仕方なく、かな?」
「家系?」
「あたしのひいひいおじいちゃんが、昔勇者一行だったの。その時、魔術師として貢献してね。魔王を封印したのもひいひいおじいちゃんなのよね。その直系だから、行かないわけにはいかないっしょ? だから、めちゃくちゃ努力したわ。直系とは言っても、イコールひいひいおじいちゃんと同じ力があるわけじゃあないからさ。先祖が残した古文書を見て必死に勉強して、魔術を磨いた。いつ勇者からお呼びがかかってもいいように」
「そうだったのか」
「あたしみたいなエルフ族は、もともと人間と仲良くやってきたから、竜人族みたいにこれから仲良くなりたいってのはないわ」
「ロアネハイネもか?」
「獣人族はピンキリね。すっごい仲が悪い連中もいるけど、獣人族だからっていきなり迫害を受けたりする事はないわ」
「そうか。魔人も人と仲良くなれればいいんだがな」
「魔族が人間と一番対立しているから、それこそ魔王を封印しない限り無理よ」

 レアーは突然思い出したように手をパンと叩く。

「そう言えば! 魔王で思い出したけど、あんた凄いわね!」
「何が?」
「時短詠唱よ! 魔王も使ってたけど、あんたはどこで覚えたの?」

 思案を巡らす。
 俺が魔王だからだよ。とは当然言えない。

「魔人族はだいたい使えるんじゃあないか? 正直俺も、覚えようとして体得したわけじゃあない」
「へー。そうなんだ」

 明らかなトーンダウンだ。
 俺から教わろうとしていたのだろうか。

「あーあ。あんたも天才か。ま、ヨールーとは違うタイプだからいいんだけどさ」
「天才と言うか、元々その種族に備わった能力みたいなものだろう」
「そうね。でも同じ魔術を使う者同士、色々共感したかったなと思って」

 鍋を平たい石の上に置く。

「美味しそうですね」

 ネイアが笑顔を向ける。

「お二人ともありがとうございます」

 ロアネハイネに向き直って頭を下げる。

「ウー君が、手伝ってくれたから……」

 そう言いながら、俺とは視線を合わそうとしない。
 皿などはないので、鍋を囲んで、それぞれが大きめのスプーンで掬って食べる形をとる。

「さっきの話だが、ヨールーは何の天才なんだ?」

 レアーは諦観めいた笑みを浮かべる。

「勇者よ」

 敵わない。と言ったように吐く。
 緑色のくしゅくしゅの髪の毛を指に巻き付ける様にしていじる。

「なーんにも努力してないただの人間……それもあんな性格のクズ野郎でも、聖剣を引き抜いたら、途端に選ばれし者よ。やってらんないわ。この世界」

 虚無感すら漂う言葉に、俺はただ短く「そうだな」とだけ呟いた。