ロアネハイネは捕まえてきた動物を調理して、みんなに振舞ってくれた。ただの素焼きだが、皮を剥いだり内臓を取り出したりと、やることは簡単ではなさそうだった。

「取り敢えず自己紹介しておきましょっか? あたしはレアー。魔術師で」
「ボクは、ロアネハイネ。よろしく……」
「俺はウー。見ての通り魔人だ」
「私は」
「ネイアのことはみんなが知ってるでしょうが!」
「そうでした」

 ふふっと笑うネイアを見て、レアーがはあっと溜め息を吐く。

「相変わらずねえ」

 そのやり取りがなんだかおかしくて笑ってしまう。

「お互い、不思議に思っていることがあるでしょうから、情報交換をして整理していきましょっか」
「はい」
「まずあたしたちからの質問は、ウーとはどこで知り合ったの? あと、ガンジマルは? それから法術はまだ使えないの? てか、そのコスチュームは何? イメチェン? 超可愛いじゃん! の四点セット。そっちからの質問は?」
「先ほど村でも言いましたが、なぜお二人がここに? 勇者一行の魔王討伐の旅はどうなりましたか?」

 ネイアが俺の方を見る。俺は特に欲しい情報はないので首を横に振る。

「先にレアーさんの質問に答えますと、まずガンジマルさんですが、皆さんご存知の通り、彼は私を護衛してくれました。見返りを求められましたが自分にはどうすることもできなくて、それでガンジマルさんは怒ってしまいました。そしてどういう訳か、私は服を破り捨てられました」
「うわ、なにそれ! あのムッツリ侍サイテー!」
「殺されるかもしれないと思っていたところに現れたのがウーさんです。何も縁のない私を助ける為に、ガンジマルさんを退けてくださったのです」

 レアーが眼を見開いて驚愕を顔に張り付けたままこちらを向く。

「ウソ!?」
「たまたまだ。運が良かった。強いからな。あの侍」

 ロアネハイネがなぜか尻尾を振っている。
 ネイアが続きを話す。

「それから法術はまだ使えません。理由もさっぱり分からず困っています。そしてこの服ですが、ガンジマルさんに破られてしまったので、ウーさんが裁縫してくれました。とっても可愛くて満足しています」
「そっかー。法術が使えないのは痛いわね。それにしてもこの服よくできてるわよね。可愛いし。ま、なんでこんなに丈が短いのか、気・に・な・る・け・ど!」

 レアーがニターっと笑ってこちらを見る。

「その長さが限界だったんだ。他意はない」

 気まずくても視線を背けるわけにはいかなかった。背けたらあるはずのない他意を認めることになる。

「じゃ、あたしたちも答えるけど、まずあたしたちがあの村に居たのは本当に偶然。ただ立ち寄った村に魔物が現れて応戦してたら、ネイアたちが現れただけ。それで、魔王討伐の旅だけど、ヨールーはアミュと一緒に続けている、はず。あたしたちもあのあとパーティを抜けたのよ」
「なぜでしょうか?」
「元々あたしとしてもネイアを追い出したヨールーに対しては、不満と不信感があったわ。それでも魔王討伐の使命があるから、簡単に抜けることはできなかった。あんたのことも心配だったけど、ガンジマルが護衛をするって出て行ったから問題ないかって思った。ま、実際は問題あったんだけど、それは置いといて。
 戦術についても色々変えていく必要があった。今まではネイアの結界と治癒があったから無茶もできたけど、後方支援に頼る戦い方はもうできない。攻撃特化型のパーティにはそれなりの戦い方ってのがあるじゃない? ガンジマルも居ないから、余計と考える事も多くなる。だってのに、アイツと来たら通り一遍に今までの戦い方をしようとするし、指示ばっかで前線に立たないのよ。だいたい本当はロアネハイネだって弓矢の方が得意なのに、短剣で前衛やってたのよ? あり得る? いくら勇者だからって一応剣士なのに、ハンター、魔術師、召喚術師、剣士の順番で戦うって。
 さすがにもう無理って思って言ってやったのよ。このままじゃあ連携も何もない! ロアネハイネが擦り切れて戦えなくなる! だからヨールーが前衛に出ろ! って。
 そしたらアイツなんて言ったと思う?」

 普通なら心を入れ替えそうなものだが、この話の流れからそういうことは期待できなさそうだ。
 ネイアは首を傾けている。

「オレは勇者だ。魔王を倒せるのはオレの聖剣のみ。そのオレが死んだらどうするんだ。って、そんなこと言いやがったのよ! それってつまり、ヨールー以外は別に死んだって構わないってことじゃない! アッタマきたわ、当然よ!
 それで食って掛かったら、アイツはあたしに……所詮その程度の魔術師だったと言うことだな。って言いやがったのよ! あーー! 思い出しただけでイライラする!」

 そんなレアーをなだめるようにロアネハイネが近づいてとんがり帽子ごと頭を撫ぜる。

「で、喧嘩別れをしたの。あたしとしてはそんなヨールーの元にロアネハイネを残しておくことはできなかったから一緒に来るように言ったんだけど、最初は断られたわ」

 その流れで断るのか。

「どうしてそんな奴の元を離れなかったんだ?」

 ロアネハイネを見ると、彼女は耳をしゅんと下げている。

「ボクは、ヨールーみたいに、勇者じゃない……。レアーみたいに、天才魔術師の末裔じゃない……。ネイアみたいに、神様の力を使えない……。アミュみたいに、竜人族の巫女でもない……。だから、ボクは……ヨールーの言うこと、聞かなきゃいけないと思った……」

 今度はレアーがロアネハイネの頭を撫ぜる。

「この子、自分には何にも取り柄がないって思ってて、自己評価が低いのよ。そんなことないのに」
「でも最終的には抜けたんだよな?」
「うん。何度もあたしが誘っていたら、次第に迷い出して、それを見ていたヨールーがこの子に言ったの。自分の生き方も決められないのか? このクズ。って、どっちがクズだってのよ! あのクズ勇者! ってあっちい!」

 レアーが大声をあげて飛び退く。
 見ると焚火の炎の背が物凄く高くなっていた。
 レアーの服に火が移っている。
 俺は慌ててその部分を手で握って消した。

「え! あんた大丈夫なの!?」
「平気だ。それよりすまない。炎がでかくなったのは、多分俺の所為だ。今の話を聞いてイラついたから魔力が暴走したらしい。他にどこか燃え移ってないか? 火傷はしてないか?」

 レアーの服はゆったりしているのでどこに引火しているか分からない。手でかき分けて触っていく。

「あ、うん、大丈夫だから、ってどこ触ってんのよ!」

 死角からグーパンチが飛んできて、もろに受けてよろける。

「う! ごめん! でもあんたが悪いんだからね!」
「悪かった」

 隣に居たネイアが殴られた箇所を見てくれた。
 更に先ほど火を拭った掌を見て、そのまま両手で優しく握ってくれた。

「治癒の力はありませんが、早く治りますようにと願うことはできますから」

 治癒の力はないと言うが、彼女の笑顔から発せられる名前の無いこの感覚は、癒しと言って差し支えない。

「それで、二人が抜けてきたのはわかったんだが、その、アミュと言う奴はいまだに一緒なのか?」
「うん。本当はアミュも抜けてくれれば、さすがのヨールーも泣きついてくるかなって思ったんだけどね。アミュには抜けられない理由があるから」
「理由?」
「さっきロアネハイネも言ったけど、アミュは竜人族なの。人に近い形ではあるけど人ではないし、竜とも言えないのよね。竜人族ってのはその狭間で生きてきた種族なの。彼女は人も竜も竜人族も垣根なく平和に生きられる世界を望んでいる。その為には魔王を倒すのが必須条件なの」
「そうなのか? どうしてだ?」
「うーん、その辺はよくわかんないんだけど、魔王の力が働いている所為で他種とのいさかいが起きている。魔王を倒せば平和が訪れるって、ヨールーが言ってたのよね。聖剣を引き抜いた時に、そんな神託があったんだって」

 神託か。

 神にしてあのクズさだったからな。
 果たして魔王が死んだとして、本当にそんな世の中になるのか疑問がある。