目が覚めるとそこは、どこかの城のようだった。
 石材を積み上げて丁寧に塗り固めた壁が、四方を囲んでいる。壁までの距離は遠いので圧迫感はない。天井も高い。

 しかし城とは言っても、ここはどこなのだろうか。
 自分が座っている椅子はとても豪華だ。
 
 城。
 豪華な椅子。
 もしかして、王様?
 勇者を凌ぐ力って、権力って意味だったのか?

 自分が置かれた状況をうまく把握できない。
 何とはなしに自分の手を見た。

「なんだこれは!」

 物凄く青い。いや、蒼い? いやいや、青紫?
 とにかく人の肌の色ではない。

 すると俺の声を聞きつけた者が、すぐ後ろのドアをノックをして返事を待たずに入ってきた。

「どうされました、魔王様!」

 その声の主はガイコツだった。
 名前を当てはめるとすれば、スケルトン。
 FFと言うよりはドラクエ寄りの世界観のガイコツの魔物が突然入ってきて、俺の前に片膝をついて――え、なんだ、今なんて言った?

「――!」

 絶句しながら先ほどのスケルトンの言葉を脳内から掘り起こす。
 今、彼は俺に向かって、魔王様と言ったのだ。

 俺が何も言わないので、スケルトンは固まったまま俺のことをじっと見ている。
 完全に命令待ちの姿勢だ。

「あ、いや、何でもない。すまないな」

 極力魔王っぽい威厳を出してみる。

「そうでしたか」

 スケルトンは、恐らくホッとしたような表情で頷いた。骨なのでよくわからないが。
 そうだ。

「鏡は、無いか?」

 自分の姿形を確認するまでは、諦めたくない。魔王だと言うことは。人として。

「あちらに」

 スケルトンが骨の指先で恭しく鏡を指す。
 なんと優雅な所作の骨だろうか。

 彼に言われるまま鏡の前に立った。
 覚悟してはいたが、その姿形は完全に魔王のそれだった。
 手でも確認できた青紫色の肌は全身くまなく広がっている。
 2メートルは遥かに超えていそうな巨躯。
 鎧の隙間から見える筋肉の見事なこと。筋骨隆々とはまさにこれ。
 青紫の体躯に漆黒の鎧、肩には赤色のマント。
 恐らくは長いであろう髪は後ろに撫で付けられるように整えられている。いわゆるオールバックと言うやつだ。
 何より魔王然としているのは、このこめかみから天井に向かって突き出た角。
 二本の角。L字の。
 控えめに見ても鎧を着飾った青鬼。
 ならいっそ魔王ってことで決着をつけるしかない。

 しかしなぜ俺は魔王に?
 何かの手違いじゃあないか?

 神様は勇者を凌ぐ力を持った者に転生させて、魔王を倒せ……死を恐れぬ狂戦士の如き……あ? え? と言うことはなんだこれ。もしかして……。

 考えていると不意に鏡のガラスが曇り始め、そのガラスに指で書いた様に文字が描かれる。

『無事に転生できたようじゃな。さあ魔王よ、死ぬがよい』

「なにぃっ!?」

 俺が仰天しているとスケルトンが慌て始める。

「魔王様! どうかなさいましたか!」

 すぐさま掌を向ける。

「いや。何でもない、ちょっとなんか、そういう日なんだ。あるだろう、そういう日。で、今から独り言が増えるが、黙っていてくれ」
「あ。はい。失礼しました」

 鏡に向き直る。曇った鏡に再び文字が記されていく。

『おぬしは死すら恐れないことが取り柄じゃろう。魔王を倒すことはできぬが、魔王の体におぬしを転生させて自殺させることならできる。我ながら良いアイディアだと思うのじゃが』
「はいそうですかと言って、死ねるわけがないだろう!」
『それが使命じゃ』
「死ぬことが使命だと!? ふざけるな! 俺はお前に命を与えられて、今度こそ生きなおそうって覚悟を決めたんだぞ!」
『そのようなことはおぬしが勝手に決めただけのこと。この世界の為には、今すぐに命を絶つこと以外の選択肢はない。何よりわしが授けた命じゃ。お前の好きにはさせぬ』
「ふざけるな!」

 鏡を思い切り殴りつけた。

 バリバリとヒビが入り、ガシャンと言う音ともに崩壊した。
 スケルトンは小さく悲鳴を漏らし、尻餅を()いていた。
 まるでその音がノックの代わりだと言うように、突如として部屋の扉が乱暴に開かれた。