どの世界に行っても、差別はあるんだな。
さてどうするか。
子供化させてしまったことに申し訳なさを感じていたが、先のやり取りを考えると、俺がお節介を焼く隙さえないように思える。
寧ろこの場に留まれば留まるほど迷惑をかけてしまいそうだ。
それに何より、これだけ解り易い迫害を受けて、村の人が困っているようだから魔物を退治しに行こうとは思えない。
彼の先の話が正しいなら、人間だった頃のスケルトンを殺したのは彼の友人なのだし。
この村も、もしかしたら同じような理由で襲われているのかも知れない。襲われるに値するようなことを村の人間が行った可能性もある。
先のやり取りを鑑みるだけで、その考察は容易にできた。
しかしネイアは村の方へ歩いていく。
「ネイア?」
「村の人たちを助けに行きます」
「さっき石を投げてきたような連中だぞ」
「構いません」
すたすたと歩いていく。
迷いがない。
彼女の目には覚悟と決意しか宿っていない。
俺も彼女を追いかけるようにして歩く。
「行ったとしても、法術が使えないんだろ?」
言っていて胸が痛んだが、彼女を思い直させたかった。魔物がどれだけいるか分からない。いくら俺が魔物の攻撃から守ると言っても限界がある。そんな時、法術が使えない彼女はただの人間だ。死にかねない。
「人々を癒せずとも神官は人を救います。私を信じずとも彼らは神を信じております。遍く人々を須らく救うために、このクロスがあるのです」
彼女はクロスをしっかりと握りしめた。意思は変わらないと言うことらしい。
仕方ない。
贖罪の為に命を賭してでも守ると誓ったんだ。
俺は魔剣を出現させて手に取った。
「戦闘は全部俺に任せてくれ。ネイアは逃げ遅れた村人の介助を頼む」
「はい!」
彼女と俺は示し合わせたわけでもないのに、同時に走り出していた。
二人とも油断なく辺りを見回していたが、俺は索敵の為、ネイアは捜索の為の視線だった。
ほどなくして魔物の群れと遭遇する。
魔物は人々を襲っていた。
大きな豚が二本の足で立ったようないでたちで、トゲ付の棍棒を振り回していた。袈裟懸けのような防具を身に着けている。簡易的に名前を付けるならオークと言ったところか。
「風塵重斬」
不可視の刃がオークに飛来し、むき出しの肩の辺りをズバッと切り裂く。
他の魔物の注意を引き付けている隙に、ネイアが襲われていた人をさらうようにして助ける。
そんなことを何度も続けているうちに、知った顔に出くわす。
……コボルト?
あれは、うちの魔王城に居た魔物だ。
と言うことは、今戦っている奴らは、みんな魔王の部下たち?
宴会の時を思い出す。
全員の顔を思い出せるわけはないが、確かに見覚えのある顔がある。
みんな、俺自身とは言えないにしろ、身を案じ、祝ってくれた面々だ。
俺は今そいつらを目の前にして何をしている。
人間を救うと言う大義名分を抱えて。
何の面識もない人間を助けて、元々仲間だったはずの魔物たちを傷付けて。
そりゃ、人間からしてみれば、確かに魔物は悪い奴で。
だがそれは俺も同じことだ。
何せ魔王なのだから。
姿を変え、名前を変えても、魔王と言う存在であることに変わりはない。
俺が魔族を傷付けることは、許されることなのか?
俺は一体何をやっているんだ。
今こんなことを考えている場合ではないことなど解ってはいるが、思考がどうしてもそちらに行ってしまう。
いくら前世では人間だったと言っても、それは前世の話。それにもし仮に前世が人間ではなかったとしたら?
俺は今この場でどう動くのが正解なのか?
「大丈夫ですか!?」
それはネイアの声だった。倒れている女の子に手を差し伸べている。
「そのクロス。貴女は、もしかして勇者様御一行のネイア様ではありませんか?」
「そうです。もう安心ですから。一緒に逃げましょう」
「ありがとうございます!」
女の子に肩を貸すネイア。
別のところで大怪我を負って倒れている男がその言葉を聞いて希望に満ち溢れた目で彼女を見る。
「ネイア様なのか。聖女がこの村を救いに来てくださった。何たる幸いか」
ネイアの名前がそこかしこから上がり始める。
そうか。彼女は勇者一行なのだ。有名じゃあないわけがない。
ならば、門の前であった男たちと村長はたまたま顔を見たことがなかったのか。いや、或いは最初に声を上げた人も顔は知らなかったのかも知れない。クロスを見て彼女がネイアだと判断したようだったから。
彼女は自分が石を投げられてもクロスを見せることはなかった。だが人助けをしようと心に決めた時クロスを取り出した。
彼女にとってクロスとはそういうものか。
ウサギを殺すのに使ったのもクロスだった。そこには、命を頂く代わりにせめて魂だけは救いたい、と言う願いがあったのかも知れない。
ネイアは呼ばれるままに次々に人々を介助していく。
中分けにされた額からは汗が流れている。
法術を使えない今、彼女はただの人だ。
だが、勇者一行のネイアと言う存在に、人々は助けを求める。
それだけ勇者一行と言う存在は、この世界に生きる人々にとって大きいのだろう。
彼女は嫌な顔一つしない。私はただの人だとも言わない。
ただ目の前に居る人間を助ける。それだけを愚直に実行し続けている。
大型の魔物がネイアの前に立ちはだかった。
形は猿を彷彿とさせる。
俺は全力で地面を踏み割って、一瞬で猿型の魔物に接近し、顔面を蹴っていた。
「助かりました! ウーさん!」
その言葉を聞いて初めて自分が巨大猿に一撃を加えたことを知る。
油断なく猿型の魔物を視界に捉えながら、ネイアに言葉を返す。
「こちらこそ助かった。構わず介助を優先してくれ」
「解りました!」
そうだ。
俺は馬鹿か。
さっき思い出したばかりじゃあないか。
俺は自分の所為で力を無くしたこの女性を、命を賭けて守り抜くと誓ったのだと。
神が居なくて彼女の力が使えないのなら、俺が神の代わりに彼女の力になればいい。
俺は魔物を殺したいのではない。
同時に、人間を守りたいのでもない。
ただ彼女の行いの正義に寄り添うのだ。
今はそれだけを考えよう。
だから、魔物たちには悪いが、少しだけ痛い目を見てもらう。
こいつらだって馬鹿じゃあない。実力の差がはっきりすれば逃げていく。
実際先ほどから魔物は一匹も殺してない。
だが数は減って行っている。
と言うことはつまり、不利な状況になれば各々の判断で逃げていると言うことだ。
目の前の猿型の魔物にも一、二発魔術を当てれば逃げてくれるだろう。
「風塵重斬」
その魔術を展開した時だった。
「きゃあっ!」
同時に後方からネイアの悲鳴が聞こえる。
振り返った瞬間目に飛び込んできたのは、先とはまた違う大型のオークがネイアと村人に向かって倒れこんでいく映像だった。
魔術を展開したばかり。
間に合うか。
間に合わない……!
さてどうするか。
子供化させてしまったことに申し訳なさを感じていたが、先のやり取りを考えると、俺がお節介を焼く隙さえないように思える。
寧ろこの場に留まれば留まるほど迷惑をかけてしまいそうだ。
それに何より、これだけ解り易い迫害を受けて、村の人が困っているようだから魔物を退治しに行こうとは思えない。
彼の先の話が正しいなら、人間だった頃のスケルトンを殺したのは彼の友人なのだし。
この村も、もしかしたら同じような理由で襲われているのかも知れない。襲われるに値するようなことを村の人間が行った可能性もある。
先のやり取りを鑑みるだけで、その考察は容易にできた。
しかしネイアは村の方へ歩いていく。
「ネイア?」
「村の人たちを助けに行きます」
「さっき石を投げてきたような連中だぞ」
「構いません」
すたすたと歩いていく。
迷いがない。
彼女の目には覚悟と決意しか宿っていない。
俺も彼女を追いかけるようにして歩く。
「行ったとしても、法術が使えないんだろ?」
言っていて胸が痛んだが、彼女を思い直させたかった。魔物がどれだけいるか分からない。いくら俺が魔物の攻撃から守ると言っても限界がある。そんな時、法術が使えない彼女はただの人間だ。死にかねない。
「人々を癒せずとも神官は人を救います。私を信じずとも彼らは神を信じております。遍く人々を須らく救うために、このクロスがあるのです」
彼女はクロスをしっかりと握りしめた。意思は変わらないと言うことらしい。
仕方ない。
贖罪の為に命を賭してでも守ると誓ったんだ。
俺は魔剣を出現させて手に取った。
「戦闘は全部俺に任せてくれ。ネイアは逃げ遅れた村人の介助を頼む」
「はい!」
彼女と俺は示し合わせたわけでもないのに、同時に走り出していた。
二人とも油断なく辺りを見回していたが、俺は索敵の為、ネイアは捜索の為の視線だった。
ほどなくして魔物の群れと遭遇する。
魔物は人々を襲っていた。
大きな豚が二本の足で立ったようないでたちで、トゲ付の棍棒を振り回していた。袈裟懸けのような防具を身に着けている。簡易的に名前を付けるならオークと言ったところか。
「風塵重斬」
不可視の刃がオークに飛来し、むき出しの肩の辺りをズバッと切り裂く。
他の魔物の注意を引き付けている隙に、ネイアが襲われていた人をさらうようにして助ける。
そんなことを何度も続けているうちに、知った顔に出くわす。
……コボルト?
あれは、うちの魔王城に居た魔物だ。
と言うことは、今戦っている奴らは、みんな魔王の部下たち?
宴会の時を思い出す。
全員の顔を思い出せるわけはないが、確かに見覚えのある顔がある。
みんな、俺自身とは言えないにしろ、身を案じ、祝ってくれた面々だ。
俺は今そいつらを目の前にして何をしている。
人間を救うと言う大義名分を抱えて。
何の面識もない人間を助けて、元々仲間だったはずの魔物たちを傷付けて。
そりゃ、人間からしてみれば、確かに魔物は悪い奴で。
だがそれは俺も同じことだ。
何せ魔王なのだから。
姿を変え、名前を変えても、魔王と言う存在であることに変わりはない。
俺が魔族を傷付けることは、許されることなのか?
俺は一体何をやっているんだ。
今こんなことを考えている場合ではないことなど解ってはいるが、思考がどうしてもそちらに行ってしまう。
いくら前世では人間だったと言っても、それは前世の話。それにもし仮に前世が人間ではなかったとしたら?
俺は今この場でどう動くのが正解なのか?
「大丈夫ですか!?」
それはネイアの声だった。倒れている女の子に手を差し伸べている。
「そのクロス。貴女は、もしかして勇者様御一行のネイア様ではありませんか?」
「そうです。もう安心ですから。一緒に逃げましょう」
「ありがとうございます!」
女の子に肩を貸すネイア。
別のところで大怪我を負って倒れている男がその言葉を聞いて希望に満ち溢れた目で彼女を見る。
「ネイア様なのか。聖女がこの村を救いに来てくださった。何たる幸いか」
ネイアの名前がそこかしこから上がり始める。
そうか。彼女は勇者一行なのだ。有名じゃあないわけがない。
ならば、門の前であった男たちと村長はたまたま顔を見たことがなかったのか。いや、或いは最初に声を上げた人も顔は知らなかったのかも知れない。クロスを見て彼女がネイアだと判断したようだったから。
彼女は自分が石を投げられてもクロスを見せることはなかった。だが人助けをしようと心に決めた時クロスを取り出した。
彼女にとってクロスとはそういうものか。
ウサギを殺すのに使ったのもクロスだった。そこには、命を頂く代わりにせめて魂だけは救いたい、と言う願いがあったのかも知れない。
ネイアは呼ばれるままに次々に人々を介助していく。
中分けにされた額からは汗が流れている。
法術を使えない今、彼女はただの人だ。
だが、勇者一行のネイアと言う存在に、人々は助けを求める。
それだけ勇者一行と言う存在は、この世界に生きる人々にとって大きいのだろう。
彼女は嫌な顔一つしない。私はただの人だとも言わない。
ただ目の前に居る人間を助ける。それだけを愚直に実行し続けている。
大型の魔物がネイアの前に立ちはだかった。
形は猿を彷彿とさせる。
俺は全力で地面を踏み割って、一瞬で猿型の魔物に接近し、顔面を蹴っていた。
「助かりました! ウーさん!」
その言葉を聞いて初めて自分が巨大猿に一撃を加えたことを知る。
油断なく猿型の魔物を視界に捉えながら、ネイアに言葉を返す。
「こちらこそ助かった。構わず介助を優先してくれ」
「解りました!」
そうだ。
俺は馬鹿か。
さっき思い出したばかりじゃあないか。
俺は自分の所為で力を無くしたこの女性を、命を賭けて守り抜くと誓ったのだと。
神が居なくて彼女の力が使えないのなら、俺が神の代わりに彼女の力になればいい。
俺は魔物を殺したいのではない。
同時に、人間を守りたいのでもない。
ただ彼女の行いの正義に寄り添うのだ。
今はそれだけを考えよう。
だから、魔物たちには悪いが、少しだけ痛い目を見てもらう。
こいつらだって馬鹿じゃあない。実力の差がはっきりすれば逃げていく。
実際先ほどから魔物は一匹も殺してない。
だが数は減って行っている。
と言うことはつまり、不利な状況になれば各々の判断で逃げていると言うことだ。
目の前の猿型の魔物にも一、二発魔術を当てれば逃げてくれるだろう。
「風塵重斬」
その魔術を展開した時だった。
「きゃあっ!」
同時に後方からネイアの悲鳴が聞こえる。
振り返った瞬間目に飛び込んできたのは、先とはまた違う大型のオークがネイアと村人に向かって倒れこんでいく映像だった。
魔術を展開したばかり。
間に合うか。
間に合わない……!