「そう言えば、お名前を伺っていませんでしたね。私はネイアと言います」
「俺は魔王」

「ま……、魔王?」

 ネイアの口が徐々に大きく開いていく。

「ああああっ!? いや、いやいや、違う! 魔王じゃない。マオ・ウーだ」
「あ、ああ。マオ・ウーさん」
「そうだ。良く勘違いされる。ウーと呼んでくれ」
「すみません。ウーさん」
「いや、俺の紛らわしい名前がいけないんだ。ははっ」

 自分でも解るほど乾いた笑い声が響く。

「そうですよね。魔王が人間を助けるわけがないですもの、ね」
「そうだろうな」
「ウーさんは、魔人ですか?」
「そうだ。人と魔族のハーフ」
「私、初めて見ました。魔族と人間は敵対していますから、種族を越えた愛がウーさんを生んだのですね。素晴らしいです」

 種族どころか惑星を越えてきたけど、そんな事を言っても通用するわけがないしな。
 いずれにせよ、ネイアの前では魔王であることは隠しておかないと。
 魔王討伐の為に結成されたであろう勇者一行の一人……あれ?

「そう言えばさっき侍が言っていたが、勇者に裏切られたのか?」

 その言葉に彼女は肩を落とし溜め息を吐いた。

「裏切られたと言うのは語弊があります。先ほどガンジマルさん……あ、侍の人の名前なのですけれども、彼が言っていた通り、急に法術が使えなくなってしまったのです。形的には私が裏切り者のようなものです」
「そうなのか。力が戻るといいが、簡単には戻らないものなのか?」
「分りません。私は神の御力を代行しているに過ぎませんから」

 神……?

 力……??

 代行……!?

「神様の御身に何かあったのかも知れません。もしくは私が神様を裏切るような事をしてしまったか」

 ネイアは更に深い溜め息を吐く。

「いや、それは考え過ぎなんじゃあないか?」

 彼女は俺に向き直ると、蒼い瞳でまっすぐに見つめてきた。

「そう言えば先ほど、神など殺した……と物騒な事を仰っていませんでしたか?」

 ギクッ!

「ははっ。いやあ、あれは物の例えだ」
「例え?」
「そうだ。さっきネイアは殺されそうな状態にも拘わらず祈りを捧げていただろう? 確かに神官にとって信仰ってのは重要な事かも知れないけれど、自分で解決の糸口を見つけようとしない人間に、神様が力を貸してくれるわけないんじゃないかって事だ」

 するとネイアは大きな瞳を一層大きく見開いた。

「そうですよね。確かにその通りです。ウーさんは偉いです。私はずっと神官を続けてきたのに、そんな事にも気付けないなんて……。なんて愚かなのでしょう」

 ネイアが自身に放つ卑下の言葉が、そのまま自責の念と言う刃になって俺の心にグサグサと突き刺さる。

 全部俺のせいだ。
 俺が神を殺したせいで、この女性は法術が使えなくなって、パーティから迫害を受けたんだ。
 更にはその元パーティのガンジマルにまで裏切られ、強姦されかけ、殺されかけていた。
 それなのに俺は何を偉そうに、祈るななどと。
 最低な人間だ。

「あの、どうかされました?」

 俺の顔色は相当悪かったに違いない――元々青紫だから判別つかなそうだけど。ネイアが心配そうに見ている。

「いや、何でもない」

 それにしても参った。
 自分が生きる、それだけでここまで人に迷惑をかけるとは。

「ウーさんは、これからどうされるのですか? 突然に助けて頂きましたけれども、旅の途中に通りがかったのですか?」
「そう、だな。旅の途中。あてもない旅だ。実はさっきこの森を抜けた先に煙を見つけて、そこに行こうとしていたんだ」
「そうなんですね」
「ネイアはこれからどうするんだ? 勇者一行の元に戻るのか?」
「力が戻ればまた仲間に入れて頂きたいですが、今の私では足手まといですから。しばらくはウーさんと同じで、あてもなく旅をすることになるかも知れません」

 彼女が単身旅をすると言うことは、自殺に等しい。もう法術が使えないのだから。神は居ないのだから。

「だったら、俺と一緒に行かないか?」

 誘いに、ネイアは口元を押え、びっくりした表情をした。

「良いのですか? 先ほども言いましたが、私は足手まといになってしまいますよ?」
「良いんだ」

 そもそも俺の所為だし。法術を奪ってしまった贖罪をするために、命を賭しても守る事を誓おう。

「実はこの辺の地理には詳しくなくて、心細かったところなんだ。ネイアが居てくれたら頼もしい。その代わり、君の事は必ず守る。それは約束する。守られることを気に病むことはない。適材適所と言う奴だ。だから足手まといとかは言わないでくれ」

 ネイアは微笑んでこくりと頷いた。

「はい。ではさっそくそこの煙が上がっていた場所に向かいますか」
「いや」

 俺は空を見上げる。
 先ほどまで青かった空は、もう茜色に染まっている。
 煙が見えた場所はここから近くはない。
 走って行ったとして、暗くなるまでに辿り着くことは難しい。
 魔王の目が夜にどれだけ力を発揮するか分からないが、分からない状態の戦闘にネイアを巻き込むわけにはかない。
 ならばさっさと火を起こしてキャンプを張った方が良いだろう。

「野営の準備に取り掛かろう」