神の言葉に悪寒が奔り、同時に飛び退いた。
 そこへ一瞬遅れて光の玉が飛来する。
 結界のおかげで床が割れることは無かったが、爆散する際に飛び散った音が高威力の攻撃だと言うことを告げていた。

聖なる球体(セントスフィア)を躱すとは、やるのう。ならばこれならどうじゃ! 聖なる炎(セントファイア)!」

 神の杖から炎が排出され、火柱となって一直線にこちらに向かってくる。
 避けながら魔術を紡ぐ。

火炎槍射(フレイムスピア)

 1メートルを超える棒状の炎が神へと突進。
 しかし神は避けようともせず、

絶対不可侵聖域(バリア)!」

 と叫ぶ。
 ガラスのようなものが神の上下左右前後を囲む。
 そのガラスに触れた瞬間、炎の槍はスッと姿を消した。

「な!?」

 驚いたのちに悟る。
 そうだ。
 当たり前だ。
 あの聖剣ですら太刀打ち困難だった。
 その聖剣を創った張本人に攻撃を当てるなど、できるはずもない。
 そもそも魔王の力は神に帰属する力に弱いのだ。
 魔王が強いとは言っても、この地上でならばの話。神を含めれば当然事情は変わってくる。
 結界により退路も無い。
 神が張った絶対不可侵聖域は、何度魔術を放っても破ることはできなかった。
 その一方で神の攻撃は着実に俺の体力を削ってくる。
 このままでは埒が明かない。

完璧拳銃(コルトガバメント)!」

 次元が歪んでコルトガバメントが落ちてくる。
 スライドを引いてコッキング。
 照準を合わせるや否やトリガーを引く。

 ――ガウンッ!

 マズルが跳ねる。

 ――バリン。

 とガラスが割れたような音が響いたが、すぐさま割れた箇所が再生してしまう。

「驚いたわい。まさかこの絶対不可侵聖域(バリア)に傷をつけるとは。しかしその程度か。さて、聖域を犯した罪、おぬしに贖いきれるかのう」

 下卑た笑いを浮かべる。
 勇者の聖剣の時もそうだった。弾くことはできても、剣は壊れなかった。
 このバリアも傷は付けられるが、無力化することはできない。

 俺は一か八かの賭けに出た。
 距離を詰める。
 神は法術を展開。

聖なる針(セントニードル)

 拳程度の大きさの針が無数に生成され、それがガトリング砲の様に次々に撃ち出されていく。
 左に右に避けながら更に間合いを詰める。
 ハンドガンの間合いではない。
 もはや剣士の間合い。
 そこに来ても神は不動。
 せいぜい傷をつける程度の。
 武器ならば。
 歯牙にもかけない。
 と言うことか。
 それに。
 距離が近づくにつれ。
 法術の間合いも詰まる。
 彼からしてみればそちらの方が。
 都合がいいのだろう。
 詰まり過ぎた距離。
 よけきれず被弾。
 まるで弾丸。
 針が腹に刺さる。
 激痛が奔る。
 が、悶えている場ではない。
 俺は神のバリアのゼロ距離を捉えた。
 銃を構える。

 ――ガガガガガガウンッ!!

 6連続の甲高い音を響かせる。
 同じ場所に次々に弾丸を打ち込まれたバリア。
 部分的にだがそこに穴が空いた。
 そのままマズルを突っ込む。
 バリアの再生が始まる。
 拳銃を絡めながらバリアが構築されたが、先端は神の居る空間に残っている。

 そう。
 先端は神の額を捉えている。
 神の顔が引きつる。
 しかし次弾はない。
 ホールドオープンしている。
 装填弾数6+1発の全てを撃ち切ったからだ。

 そんなこっちの都合を瞬時に理解したらしく、神はにやりと歯茎を見せる。

「もう一発撃ってこんのか? ほれ、ほおっれ! ふはははは!」

 俺は拳銃に力込める。
 魔力が伝導したのを感じた。
 これならバリアの内側に魔術を展開できる。

「なら遠慮なく行くぞ」

 この脳を過る魔術の中でも最高位の魔術を連発する。

罪深き千枚通し(ギルティ・ニードル)

 極太の針が神を穿ち、

大寒地獄の刃(コキュートス・エッジ)

 バリアの内側は氷漬けになり、

獄炎爆散波動(インフィニティ・ボルケーノ)

 その氷を蒸発させるほどの爆炎が舞い上がった。
 中で膨れ上がった魔力に耐え切れず、バリアは崩壊した。
 勢いで吹き飛ばされる。

 俺は情けなく尻餅を搗いてそのまま後ろに転がった。
 多量の魔力を使った事により体が痺れて動かなかった。
 水蒸気で霧が掛かった室内。
 俺は肩で息をしながらも、勝利を確信していた。
 魔王の全力の魔術を、体が痺れるほど撃ち込んだのだ。

 霧が晴れていく中で、俺は自分の目を疑った。
 シルエットだけだが、立っているように見える。

「ぐふふふふ、ぐわははははは!」

 神の声が響く。

「その程度とはのう! 仮名活太郎(かりなかつたろう)よ! やはりおぬしを魔王に転生させたのは正解じゃったわい! かつての魔王であれば、さすがに無傷ではおれん。いや、もしかしたら今ので殺されておったかもしれんわ」

 頭の中にある最高の魔術を、魔王の魔力によって放っても、俺と本物ではそこまでの違いがあると言う事か。

「聖剣に魔術を無効化されたのも、俺だったからか」
「そうじゃ。本来の魔王の力であれば、聖剣があったところで消し炭になっていたところじゃろうな」

 俺はやおら立ち上がった。
 神と話している間に、取り敢えず体の痺れは引いた。
 魔力はどうかわからないが。
 動ける。
 俺は神に向かって走り出した。

「ふぇっふぇっふぇ! 気が狂ったか! 念の為にバリアを張っておったが、おぬし程度の魔術ではわしを殺せん!」

 避けるどころか絶対不可侵聖域を張り直すこともしない。
 俺は神の胸に向かって掌を当てた。
 掌底打ちと言うにはあまりに弱々しい一撃。

「なんじゃあその攻撃は? はあ? おお? あ~~~?」

 神は俺の顔を覗き込み、侮辱するような視線を向けてくる。

「神よ。お前は強い。だがその強さが致命傷だ」
「はあ? 負け惜しみかのう?」
「人間がなぜ強いかを知っているか? 不足を知り、慢心しないからだ。それゆえ不幸でもあるが、不幸であるがゆえ強くもなる。これが人間――自殺者の……神殺しの一撃だ。受け取るがいい」

 俺は神の胸に向かって短く詠唱する。

解錠された手榴弾(アンロックパイナップル)

 俺からは見えないが、神には解ったようだ。
 自分自身の腹に目を向け、手を添える。
 ゴロンとした違和感が、内臓にあるのだろう。

「な。何をした……?」

 目を丸く見開き、口を半開きにしている。

「お前の腹の中に手榴弾を異空間転移させた。訳も分からず死ぬがいい」

 神をドンと突き飛ばし、2人の間に岩の障壁を出現させた。

「え、ちょ、ま、まっ!」

 ――ドォンッ!

 鼓膜をつんざく炸裂音。
 一瞬キーンと言う音だけが空間を支配する。

 神を中心にまき散らされる榴弾と臓物、肉片、骨。
 目の前の岩に、肉片と鉄片が当たり、ぶちぶちと音を立てる。
 耳鳴りの中ですらそれが聞こえるほど、激しい土砂降りだ。
 俺はその影で爆発を凌いだ。

 爆風も榴弾も収まって、耳鳴りも収まった。
 もう神の高笑いは聞こえない。
 先ほどまで神が居た場所を見ると、脛から下だけになった足が二本、地面に突き刺さる様に立っていた。間もなくしてバランスを崩し、地面に横たわる。


 神は死んだ。


 俺が殺した。