小学生の時に通っていたピアノ教室の帰り道。
 私は、お迎えに来た母の自転車の後ろに乗って、優しい背中を見るのが大好きだった。
 そんな時、ふと後ろを振り向くと、夜空にはかならずお月さまが咲いていた。母がどんなスピードで自転車を漕いでも、道をくねくねと曲がっても、次の日の夜になっても、私たちについてくる。

「ねえママ、お月さまがついてくる! ねえ! なんで!」
「お月さまは、花奈ちゃんを守ってくれているのね」
「ついてきてるんじゃないの? 守ってくれてるの?」
「そうよ。家族みんなのことをね」

 好きな男の子と話したあとで、頬を赤く染めた夜もある。
 遠くに越す友達に渡されたキャンディーをぎゅっと握って、溶かしてしまった夜もある。
 上手な演奏が出来ないと、拳を握った夜もある。
 最後のレッスン日に、頬を濡らした夜もある。

 どんな想いが募る夜だって、お月さまは変わらず夜空に咲き、私たちを照らし、守り続けてくれた。だから私はあの時からずっとお月さまが大好きだ。

「ねえ、ママ。私、お月さまにさわりたいな。だって、キラキラかがやいているんだもの。でもね、手をのばしてみても、とどかなかったの」
「お月さまは遠いところから、私たちを見ているのね」
「そっかぁ。風にのったら、さわれるのかな」
「そうかもしれないわねぇ」
「こんど、いっしょに風にのろっか」

 当時は、母は生まれながらに母だと思っていた。母にも子ども時代があるなんてことは想像もせず、ましてやいつか居なくなる日が来るなんて考えもしなかった。サンタクロースだって、南極で暮らしながらおもちゃをくれる普通の優しいお爺ちゃんであることを、疑っていなかったのだから。

 しかし、知らせは突然だった。