「えっ、母親が死んだ……」
とある青年の直也(なおや)は夜に兄弟から母親が死んだということを電話で連絡を受け元気そうでいた母親が急に死んだと言われ呆然とした。
直也は母親などの身近な人が死んだというのがわかると涙が出るものだと思っていたが意外と出ないものなのだなと思ったのだ。
(母親が死んだという実感が湧かないからかな)
兄弟の将司(まさし)から実家に帰ってこいと言われたが仕事が本当に忙しいから帰れないと言うと「そんなに仕事の方が大事なのか」とキレ気味に言われたのだ。
そして直也はこう言った。
「しょうがないよ、仕事は忙しいしお金が無いから稼がないといけないから」
 その後、数時間にわたり口論し直也は「明日、仕事で忙しいから」と言い一方的に電話を切った。

 次の日、直也はどんよりとした気持ちで仕事をしていた。
(昨日はあんなことがあったから疲れたな)
 そして休み時間に携帯を見ると将司からメッセージがきており「来ないと後悔するぞ」という文とともに母親の葬式の日程が送られてきたのだ。
(そんなに来てほしいのか)
 そんな中、元気なさそうな直也を見て上司が気にかけこう言った。
坂井(さかい)くん、元気なさそうだけど大丈夫、何かあったの?」
「まあ……いろいろありまして」
「俺でよければ相談に乗るけど」
「実は……」」
 直也はあのことを上司に話すとこう言ってきた。
「そりゃ行った方がいいよ。行かないと後悔すると思うな」
「坂井くんさ、有休を取って実家に帰りなよ。仕事も大事だけど家族も大事だし最後のお別れは言うべきだよ」
「そうですか、でも……」
 直也は険しい表情しながらそう言った。
「それでもお母さんの葬式に行きたくない理由でもあるの?」
 上司にそう言われると直也はこうこう答えた。
「実は自分は母親のことよく思っていなくて……」
 直也は昔の話をし幼くして父親を亡くし自分と二人の兄が母親に育てられことや子供のことよりも仕事を優先し運動会や授業参観はまったく来ず寂しい思いをしたことを話した。
 それに対して上司はこう言った。
「まあそうは言っても女手ひとつで育ててくれたんだからそこは感謝すべきだよ」
「それにお母さんも仕事で忙しかったんじゃないの。あと三人の息子を育てあげるにはたくさん仕事して稼がないといけないからね」
 直也は寂しい思いをし母親のことをよくは思っていなかったが上司の言うこともそうだと思い少し納得した。
「だから坂井くん、お母さんに最後のお別れのあいさつをしてきたら?」
「そうですね」

そして直也は上司に説得され次の日に実家に帰った。
実家に帰ると将司ともう一人の兄の孝之(たかゆき)がいて部屋には母親の遺体が布団に寝かせてあった。
 直也が母親の死因を聞いてみると孝之がくも膜下出血で仕事中に突然倒れたと話した。
 そして直也は布団に寝かせてある母親を見てこういった。
「なんか死んでいるというよりは寝ているみたいなだな……」
 
 葬式の日、喪服をした人達がたくさん現れた。
「この度はご愁傷様です」
 喪服を着た人達がそう言うと将司はこう言った。
「生前はお世話になりました」
 それから式の中で喪主の将司がこう話した。
「母は自分たち三人の息子を泣き言を何一つ言わずに育ててくれました。感謝しかありません」
 それを聞いた直也はこう思った。
(たしかに母は子供の前では弱音は吐かなかったな)
 そして葬式が終わり次の日に母親は火葬され、葬式と火葬を終えた直也はこう思っていた。
(まあここに来て損は無かったな)

 それからまた次の日、兄弟三人は遺品整理をしていたが母親は本などの物をよく買っていたため遺品整理に苦労していた。
 そして直也はこう思っていた。
(自分はこうならないために物はあまり買わないようにしよう)
 将司がこのたくさんの本は古本屋で売ろうと言ったが直也は本にカビが生えているから売るのは無理だろうと言ったのだ。
 そして直也が押し入れを漁っているとあるものを見つける。
「なんだこれ……」
 それは母親の日記だった。
「へえ、日記なんかつけていたのか」
 直也は将司と孝之と一緒に日記を見ることにしページをめくると、あるページに目が
とまりこんなことが書かれていた。
《息子達が隠れてメロンを食べていた》
 三人はその書かれていたことを思い出した。
 それは昔、将司が貰ってきたメロンを夜中に隠れて兄弟三人で分け合って食べようしたことだ。だが将司が後になって自分達だけ高級なメロンを食べるのは悪いと思い母親の分を残しておいたのだ。
 そして将司がこう言った。
「なんだ、隠れて食べていたのを母親に見られていたのか。これは母親の分を残しておいて正解だったな」
 そしてまたページをめくっていくとまたあるページに目がとまり、そこには辛いや死にたいなどと書かれており直也はこう将司と孝之に言った。
「母親は子供の前では泣き言を何一つ言わなかったけど裏では泣き言を日記に書いていたんだな」
 孝之は直也が言ったことに対してこう言った。
「そりゃ、母親も人間だからな。弱音は吐くよ」
そんなことを話した後、またページをめくるとまた目にとまるページがありこう書かれていた。
《息子の授業参加に行けない、運動会も行けない。息子たちには申し訳ない気持ちでいっぱい。でも、これも仕事を頑張らないと生活ができない現実だった》
 直也はこれを読んで改めて母親の苦悩を知り、母親が子供たちのために一生懸命に働き、悔しい思いをしていたことが分かった。
「やっぱり母さんも大変だったんだな。仕事が忙しくて子供たちの行事に参加できなかったけど、それでも一生懸命に働いてくれていたんだな」
直也は母親への理解と感謝の気持ちが芽生えていった。

そしてその日記があった近くに怪しげな金庫があり押し入れから取り出した。
「なんだこれは」
 将司がそう言うと孝之がこう言った。
「わからない、というかこれロックかかっているな」 
金庫には四桁の暗証番号のロックがかかっていた。
 三人は母親が考えそうな四桁の暗証番号を考えていると直也が何か思いつた表情をしこう言った。
「わかったかもしれない」
 直也はある四桁の数字を入力するとロックが解除しその数字とは〇三一六だ。
 将司が何でわかったか聞くとこう答えた。
「よく母親はパスワードとかの数字を結婚記念日の日にちしていたからこれもそうなのかなと思って」
 そしてその金庫の中には「息子達への」という文とともに一つの通帳が入ってあった。
 三人はなんだこれはという表情しながら通帳を開いてみると今まで母親が汗水流しながら働いて貯めてきたお金が通帳に記載されていた。
 それを見た直也は驚きこう話した。
「これは、俺達の将来のために残しておいたんだろうな……」
貯金の額は家が一軒買えるほどだったのだ。
将司と孝之も通帳を見て驚き、母親の努力に感動し遺品整理を通して家族の絆が深まり、母親の真摯な思いが伝わった瞬間だった。

それから数十年後、直也は結婚し小学生の息子がいた。
直也は妻と子供と一緒に父親と母親が眠るお墓に来ていて息子は興味津々な表情で母親のことを尋ねた。
「おとうさん、おばあちゃんってどんな人だったの?」
直也は微笑みながら母親の思い出を語り始めた。
「おばあちゃんはとても強くて、仕事が忙しくてなかなか一緒に遊ぶことはできなかったけど一生懸命、おとうさんを育ててくれたんだよ」
「おばあちゃんは僕たちの未来のためにお金を貯めてくれたんだ。それがあって今の生活ができているんだよ」
息子は驚きの表情でこう言った。
「すごいおばあちゃんだったんだね。ありがとう、おばあちゃん」
 その時突然、母親が死んだという報告を受けた時や葬式の時、まったく泣かなかった直也が泣きながらこう言った。
「身近な人が死んで悲しい気持ちになるのが後になってくるんだな……」
 そして直也は息子にこう言った
「家族って大切だよ。おばあちゃんの思いを忘れないで、いつも家族を大切にしてね」
息子は頷いて、「はい、おとうさん」と言ったその瞬間、直也は母親の思いが次の世代に継がれていくことを感じ、幸せな気持ちに包まれた。そして、家族の絆が未来にも続いていくことを確信したのであった。