* * *
双葉に指定された場所は、学校のすぐ近くにある大きな総合病院だった。併設のカフェで待っていると、程なくしてクララにそっくりなセーラー服を着た女の子が現れた。間違いなく双葉だろう。「あの」と声を掛けると、双葉は僕の顔を見て、心底驚いたという風な様子で「あなた! ヴァイオリニストの浅木凛大朗?」と大きな声を上げた。「あぁ、はい」と緩やかに返事をすると、瞬く間に双葉の瞳から大粒の涙があふれ出してきて僕はぎょっとする。「そっか、あなただったんだ、あのピアノ。そりゃあの子も反応するはずだ」と涙を流しながら笑顔を作ろうとする。その姿が何だか痛々しくて、見ていられなくて、そっとハンカチを手渡した。そのハンカチを受け取りながら「ごめんなさい、取り乱して」と謝罪する双葉と連れだって歩き出す。案内されたのは、ある個室だった。扉には「佐野一華」とネームプレートがついている。「どうぞ。妹に会ってやって下さい」そう言われながら病室に入ると、クララがベッドに横たわって静かに眠っていた。勧められるままパイプ椅子に腰掛けると、双葉も同様に椅子に座り、クララに話しかけた。「一華。一華が大好きな浅木凛大朗だよ? 本人。すごいね、こんなことってあるんだね。良かったね、会えて」ぽろぽろと涙を流しながらクララの手を握る双葉は、僕の方に向き直り「この子が、私の双子の妹の一華っていいます。姉が双葉で妹が一華」そう言いながら双葉は弱々しく微笑む。「交通事故で昏睡状態って書かれてましたけど、いつから?」と問うと、双葉は目を伏せながら「私のせいなんです。私をかばって一華は事故に遭いました。半年前のことです。目立った外傷も脳に異常もないんですけど、目を覚まさなくて。けど、ほら。あなたのピアノの動画を流すと手を握り返してくれるんですよ」双葉がスマホから僕のピアノ動画を流すと、本当にクララはわずかだけれど手をぴくぴくっと動かしている。それがクララの生きている何よりの証拠だと思った。
「一華は本当にあなたのことが大好きだから。いつか、あなたと共演できるピアニストになりたいっていうのが、あの子の夢だから」双葉は涙を流しながら言う。
「ピアニスト?」
「はい。あなたが国際コンクールで優勝する前から、一華はずっとあなたのファンだったんです。同い年にすごいヴァイオリニストがいるって。自分も負けてられないって大騒ぎで。そのブレザー、N学園のものですよね? 一華はN学園の音楽科に在籍しているんです。ピアノ専攻で」
「え……。そう、だったんですか。じゃあ、今の僕を見たらがっかりさせちゃうかもしれませんね」思わず自虐的な言葉が出てしまった。
「逆ですよ」
「え?」
「自分が有名ピアニストになって、表舞台にもう一度引きずり出すんだって意気込んでました。あのピアニストと共演したいから、またヴァイオリンを弾きたくなるようなピアノ演奏をしてみせるって」 涙を流しながらも優しくそう言う双葉の言葉は、まるでクララ本人に言われているかのような感覚がした。
双葉に指定された場所は、学校のすぐ近くにある大きな総合病院だった。併設のカフェで待っていると、程なくしてクララにそっくりなセーラー服を着た女の子が現れた。間違いなく双葉だろう。「あの」と声を掛けると、双葉は僕の顔を見て、心底驚いたという風な様子で「あなた! ヴァイオリニストの浅木凛大朗?」と大きな声を上げた。「あぁ、はい」と緩やかに返事をすると、瞬く間に双葉の瞳から大粒の涙があふれ出してきて僕はぎょっとする。「そっか、あなただったんだ、あのピアノ。そりゃあの子も反応するはずだ」と涙を流しながら笑顔を作ろうとする。その姿が何だか痛々しくて、見ていられなくて、そっとハンカチを手渡した。そのハンカチを受け取りながら「ごめんなさい、取り乱して」と謝罪する双葉と連れだって歩き出す。案内されたのは、ある個室だった。扉には「佐野一華」とネームプレートがついている。「どうぞ。妹に会ってやって下さい」そう言われながら病室に入ると、クララがベッドに横たわって静かに眠っていた。勧められるままパイプ椅子に腰掛けると、双葉も同様に椅子に座り、クララに話しかけた。「一華。一華が大好きな浅木凛大朗だよ? 本人。すごいね、こんなことってあるんだね。良かったね、会えて」ぽろぽろと涙を流しながらクララの手を握る双葉は、僕の方に向き直り「この子が、私の双子の妹の一華っていいます。姉が双葉で妹が一華」そう言いながら双葉は弱々しく微笑む。「交通事故で昏睡状態って書かれてましたけど、いつから?」と問うと、双葉は目を伏せながら「私のせいなんです。私をかばって一華は事故に遭いました。半年前のことです。目立った外傷も脳に異常もないんですけど、目を覚まさなくて。けど、ほら。あなたのピアノの動画を流すと手を握り返してくれるんですよ」双葉がスマホから僕のピアノ動画を流すと、本当にクララはわずかだけれど手をぴくぴくっと動かしている。それがクララの生きている何よりの証拠だと思った。
「一華は本当にあなたのことが大好きだから。いつか、あなたと共演できるピアニストになりたいっていうのが、あの子の夢だから」双葉は涙を流しながら言う。
「ピアニスト?」
「はい。あなたが国際コンクールで優勝する前から、一華はずっとあなたのファンだったんです。同い年にすごいヴァイオリニストがいるって。自分も負けてられないって大騒ぎで。そのブレザー、N学園のものですよね? 一華はN学園の音楽科に在籍しているんです。ピアノ専攻で」
「え……。そう、だったんですか。じゃあ、今の僕を見たらがっかりさせちゃうかもしれませんね」思わず自虐的な言葉が出てしまった。
「逆ですよ」
「え?」
「自分が有名ピアニストになって、表舞台にもう一度引きずり出すんだって意気込んでました。あのピアニストと共演したいから、またヴァイオリンを弾きたくなるようなピアノ演奏をしてみせるって」 涙を流しながらも優しくそう言う双葉の言葉は、まるでクララ本人に言われているかのような感覚がした。