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 転校した当初は「国際ヴァイオリンコンクール最年少優勝者、浅木凛大朗」として校内のいたるところで騒がれたりもしたけれど、僕が無愛想かつ誰もいないはずなのにピアノの音がする、幽霊が出ると噂の音楽室に足繁く通っているということが知れ渡ると、蜘蛛の子を散らすように僕の周りからは人がいなくなった。だけど、それで良かった。ヴァイオリンを弾く気はもう、ない。
ただの音楽好きとして顔出しはせず、SNSにヴァイオリンの次に得意なピアノを弾いた動画を気まぐれにアップしてささやかな反応をもらう。今まで個人でSNSを1つもしたことがなかった僕に使いこなせているのかは分からないけれど、何も知らないことを始めるのは単純に楽しいし、それで満足だ。国際コンクールで優勝した時よりも、今の方が純粋に音楽を楽しめているような気がする。


 そんなことをぼうっと考えていると、特進科の校舎の外れにひっそりとたたずむ音楽室の木製のドアが見えてきた。ドアノブを回して室内に足を踏み入れると、「凛大朗、おっそーい。待ちくたびれちゃった」という女の子の鈴のようなソプラノの声が響いた。「ごめん。ホームルームが長引いちゃってさ」と答えると、白いワンピース姿の幽霊は口をぶうっと膨らませる。くりっとした二重の大きな瞳も相まって、その表情はまるでリスのような小動物を思い起こさせて愛らしい。