(お米はそろそろ炊き上がるから……まずはお味噌汁の準備から)
 炊飯器で米の炊き時間を確認した那美は味噌汁を作るため、棚から鍋やまな板を取り出す。
 澄宮家で働く使用人たちの勤務が始まるのはあと三十分ほど。
 それまでに最低限の準備をしなくてはいけない。
 朝は必ず、炊きたての白米にかつお節と昆布から丁寧にお出汁をとった味噌汁を食卓に出す。
 お膳立てが定められた時間までに少しでも遅れれば家族たちの機嫌を損ね、何をされるか分からない。
 那美はあかぎれの痛みを耐えながら急いで野菜を洗っていく。
 (今日は学校へ行く前に朝食を食べていけるかしら)
 家族たちは温かく美味しい食事を食べられるが那美はいつも決まって残り物。
 昼食用のおにぎりと少しのおかずを弁当箱に詰めてしまえば、もう無い。
 一回の調理で使う食材の量も決まっていて、それよりも多く使うことは許されない。
 もちろん、那美だけ。
 (……あまり期待しては駄目ね。落ち込むのが目に見えているのだから)
 ふぅっと小さくため息をつく。
 つらい日々を過ごして分かったことがある。
 もう自分は何かを望んだり夢見たりすることは無駄なのだと。
 笑顔を浮かべられるのは夢の中だけ。
 この縛りつけられた生活では自嘲さえ出来なくて、微笑みなど許されない。
 一瞬、胸が苦しくなって野菜を切る手を止めそうになる。
 しかし廊下を歩く使用人たちの足音で我に返り、調理に集中し直した──。