もう一度、キミと初めての恋をしよう

――その日は突然訪れた。



「……え?今…なんて?」


わたしは聞き返す。

そばにいる両親と険しい顔をしてわたしを見つめる白衣を着た先生に。


「すぐには信じられないとは思うが、黙っていても仕方のないこと…。ご両親とじっくり話し合って、こうしてキミに話すことにしたんだ」


いやいや…。

待ってよ、先生。


お父さんとお母さんも、なんでなにも言わないの?

こんなの、なにかの冗談でしょ?


――だって。

わたしの余命があと半年だなんて。



わたしの名前は、山内舞(やまうちまい)

どこにでもいる普通の高校2年生。


今から3週間ほど前の6月24日。

わたしは体育の授業中に倒れてしまった。


その日は梅雨の晴れ間で、日差しが差し込むいい天気だった。

軽い熱中症だと思ったけど、病院へ運ばれたわたしは念のため検査をすることに。
そこで数値があまりよくないからと言われ、再検査。


そして再々検査の末、わたしはある病気に侵されていることが判明する。

しかも、すでに体は蝕まれ、もう手の施しようがない状況まで進行していると。


それを、今聞かされた。


到底、『ああ、はい。そうですか』なんて納得できるわけがない。


もちろんわたしは、その日のうちに即入院。

今後は、投薬治療で病気の進行を遅らせるんだそう。


まるで、なにかのドラマで見たことのあるようなシチュエーションで――。

現実味がないというか、どこか他人事のように感じて涙なんて出なかった。


しかし、入院して数日後――。


「なに…これ」


少し咳き込んだだけで、手のひらに真っ赤な血がついた。

吐血なんて、もちろん生まれて初めてで。


ようやく死を自覚したわたしは、胸の奥からなにかが沸々とあふれ出そうとしているのがわかった。
目元がカッと熱くなって、喉がギュッと詰まって、唇を噛んで。


「…うわあぁぁぁぁぁぁぁ…!!!!」


1人部屋の病室で、わたしは声を上げて泣いた。


大学に入学して、どこかの会社に就職して、そのうち結婚して、子どもを生んで。

そんな当たり前の人生があると思っていたのに。


それに、なにが一番つらいかって――。

陸斗(りくと)のことを想うと、胸が押しつぶされそうなくらいに…苦しい。


陸斗は、わたしの幼なじみ。


中学生になって、陸斗が好きだということに気づいて。

でも、告白してもし振られでもしたら、幼なじみの関係が壊れるのが嫌だったから、自分の想いはずっと秘密にしておくつもりだったけど――。


中学の卒業式で、まさかの陸斗から告白された。

そうして、わたしたちは付き合うことになった。
高校も同じで、この2年生では同じクラスにもなって。

最高に幸せだった。


それなのに、こんな仕打ち…ひどすぎる。


…コンコンッ


陸斗のことを考えていると、病室のドアがノックされる音がした。

看護師さんかと思い、適当に返事をする。


――すると。


「調子どうだ?」


入ってきたのは、たった今頭の中に思い浮かべていた陸斗だった。


「り…陸斗っ…!なんで!?」

「そんなに驚くことかよ〜」

「だって、この時間はまだ部活のはずじゃ…」

「めずらしく早く終わったんだ。だから、びっくりさせようと思って連絡もしないできてみた」


いたずらっぽく舌をペロッと出して笑う陸斗。


…もう。

こういうところが、わたしは好きだ。


「おばさんから聞いた。入院長引きそうなんだって?」
「あ…、う…うん!たいしたことないんだけどね。検査が多いから、入院したほうが楽だからって先生が」


本当はそんなことは言われていない。

わたしは入院しながらでないと投薬治療が受けられないから。


わたしが次に自宅に帰るときは――。

“そのとき”だ。


「倒れたって聞いたときはビビったけど、元気そうでよかった」


なにも知らない陸斗は無邪気に笑う。


陸斗は1時間ほど病室にいて、そして帰っていった。


陸斗がいなくなった部屋は急に寂しくなって。

さっき別れたばかりだというのに、もう陸斗に会いたくてたまらなかった。


それくらい、わたしは陸斗のことが好き。


それからも陸斗は空いた時間を見つけては、わたしのお見舞いにきてくれた。

と同時に、あることが頭をよぎる。


『大好きだからこそ、陸斗にはわたしの分まで幸せに生きてほしい』
わたしが生きていられるのはあと少し。

でも、陸斗の人生はまだまだ長い。


わたしがこんなところで、陸斗の足かせになってはいけない。


だから、わたしは覚悟を決めた。



少し前から夏休みにも入り、部活の午前中の練習後に病室にやってきた陸斗。

あと数日後に迫っているサッカー部の試合への意気込みを熱く語っていた。


「…あれ?舞、どうかした?」


不機嫌そうなわたしに気づいて、陸斗が声をかける。


「もしかして…、体調悪い?少し横になるか…?」

「違うの」


わたしは重たいため息をつく。


「…なんか、退屈だなって。陸斗の話ばっかりで」

「あ…。わ…わりぃ」


いつもの様子と明らかに違うわたしに、陸斗は戸惑っている。


「前から思ってたんだけど、陸斗ってそういうところあるよね。サッカーの話になると周りが見えてないっていうか」
ごめんね、陸斗。

こんな言い方しかできなくて。


本当は、もっと聞きたい。

でもそれだと、わたしも諦めがつかないから――。


「わたし、検査とかで疲れてるの。できれば、お見舞いもきてほしくないんだけど」

「でも、俺は舞に会いたくて――」

「入院してわかったんだけどさ、わたしって1人が好きみたい。他人といっしょにいると気疲れしちゃうんだよね」

「気疲れって…、彼氏の俺でもか?それに…“他人”って……」

「陸斗は“他人”でしょ?家族でもないのに、今さらなに言ってんの」


わたしは涙は見せない。


だけど、陸斗の目元が潤んでいるのがわかる。

必死に涙をこらえているのが伝わってくる。


「はいはい!もういいかな?そろそろ帰ってよ」

「待てよ、舞――」


わたしは陸斗を睨みつけると、布団を頭から被った。
陸斗はしばらくそばにいたけど、途中で諦めて帰っていった。


布団の中。

病室はエアコン管理されているとはいえ、真夏だと熱気がこもって暑苦しい。


「陸斗っ…。うぅ…、ごめん…」


わたしはその中で何度も陸斗に謝り、布団が濡れるほどに涙を流した。


陸斗は何度もお見舞いにきてくれた。

しかし、わたしは会おうとはしなかった。


一度会えば、せっかくのわたしの覚悟が揺らいでしまいそうになるから。


メッセージも返さない。

陸斗の連絡先は削除した。


【わたしたち別れよう】


そんなメッセージを一方的に送りつけたあとに。


お父さんやお母さんにも、別れたから陸斗の話はしないでと言っておいた。


これでいいんだ。

わたしたちは別れたんだから。


付き合うまでにあれだけ時間がかかったというのに、別れるときは一瞬だった。
普通なら、ここで泣くだろう。

少し前までは陸斗のことを想い涙していたから、いざ別れるとなると大泣きすると思っていた。


でもどちらかというと、不思議なことに安心感のほうが強い。


なぜなら、今のわたしはベッドから起き上がることですらひと苦労となっていた。

いよいよ、病気の進行を感じ始める。


その夜、変な夢を見た。


場面は、わたしの病室。

目が覚めているのではと思うほど、そっくりの病室に鮮明な映像。


夢の中の病室も真夜中のようで、薄暗くしんと静まり返っている。


「よう」


そんな病室の中に響く――だれかの声。


わたしが驚いて目を向けると、わたしの足元近くのベッドに腰掛ける1人の少年が。


綿あめのようなくせっ毛のふわっとした白い髪。

心配になるほどの血の気のない白い肌。