優絵に告白した日のことは、今でも鮮明に覚えている。優絵に絵のモデルになってほしいと頼んでからだいぶ経ち、絵が完成する直前の夕方のことだった。アトリエからの帰り道、公園のベンチに隣り合って手を伸ばせばその手を握れるくらいの距離に俺たちは座っていた。
「私、望に告白されたら絶対オーケーするよ」
話を切り出したのは優絵だった。その頃には既に俺は優絵に好意を抱いていた。
優絵と違って素直ではなく面倒くさい性格をしていた俺は芸術家としての自分について悩むことが多々あった。機械を部分的に使用しての絵画技法を用いた絵の出来栄えは、使用者の遺伝子によって大きく左右される。
同じ機械を使えば誰でも同じことができる、という考え方がされていた時代もあると歴史の教科書に載っていた。実際、今でもたとえば家庭で使う電子レンジであれば誰が使っても同じように食べ物を温めることができる。これは事実だ。
しかし、レストランで使うような専門的な調理用の機械を使うとなると話が変わってくる。それが高度に洗練され専門的な技術に特化した機械であればあるほど、それを扱えるかどうかは遺伝子適性がかかわってくる。それはどの分野でも同じだった。特に芸術分野であれば、遺伝子適性は避けて通れないものだ。
俺は抜群に絵画用の機械全般に対して遺伝子適性があった。俺の絵は高く評価された。しかし、作品が賞賛されればされるほど俺は思い悩んだ。世間が評価しているのは俺の遺伝子であって、俺の感性ではない。持って生まれた遺伝子だけが求められ、俺が人生で培ってきた経験や感性は必要とされない。だとしたら、どうして俺は生まれてきたのだろう。必要以上に悩み、とうとうスランプに陥った。
悩みを打ち明けた時、優絵はそれを笑い飛ばしてくれた。
「そんなに難しく考える必要ないんじゃない? 私は望の絵も好きだし、望と一緒にいるのも楽しいよ」
優絵の天真爛漫な笑顔に俺は救われた。俺はスランプを脱することができた。こうして描いた絵は、技法ではなく感性の部分が高く評価され、賞をとった。俺を導いてくれたミューズに惚れるのは必然だった。
「それ、信じてもいいのかよ」
しかし、俺は優絵と違って捻くれている。もし真に受けて告白して振られでもしたら生きていけない。だから、かっこよく決めることもできず、ついつい念押しをした。
「いいよ」
優絵はいつもと変わらない笑顔を向けて微笑んだ。覚悟が決まった。
「一生幸せにするから、俺と付き合ってください!」
◇
大学生にしては幼く拙い告白を優絵は宣言通り受け入れてくれ、俺たちは恋人になった。思い出して気恥ずかしくなり、つい子供のように言い返してしまう。
「あれは実質優絵からの告白だろ!」
「望だって、もはや告白じゃなくてプロポーズだったじゃない!」
優絵もまた子供の喧嘩のように言い返す。元々は友達同士から始まった恋愛ということもあり、俺たちの会話はいつもこんな調子だ。それは、こんな日でも変わらないということがおかしくて、愛おしくて、それに気づいた俺たちは顔を見合わせて笑った。
「約束守れなくてごめんな」
ひとしきり笑った後、ぽつりとつぶやいた。窓の外の自由の女神のはるか上空には不気味な影が見える。
「私、望に告白されたら絶対オーケーするよ」
話を切り出したのは優絵だった。その頃には既に俺は優絵に好意を抱いていた。
優絵と違って素直ではなく面倒くさい性格をしていた俺は芸術家としての自分について悩むことが多々あった。機械を部分的に使用しての絵画技法を用いた絵の出来栄えは、使用者の遺伝子によって大きく左右される。
同じ機械を使えば誰でも同じことができる、という考え方がされていた時代もあると歴史の教科書に載っていた。実際、今でもたとえば家庭で使う電子レンジであれば誰が使っても同じように食べ物を温めることができる。これは事実だ。
しかし、レストランで使うような専門的な調理用の機械を使うとなると話が変わってくる。それが高度に洗練され専門的な技術に特化した機械であればあるほど、それを扱えるかどうかは遺伝子適性がかかわってくる。それはどの分野でも同じだった。特に芸術分野であれば、遺伝子適性は避けて通れないものだ。
俺は抜群に絵画用の機械全般に対して遺伝子適性があった。俺の絵は高く評価された。しかし、作品が賞賛されればされるほど俺は思い悩んだ。世間が評価しているのは俺の遺伝子であって、俺の感性ではない。持って生まれた遺伝子だけが求められ、俺が人生で培ってきた経験や感性は必要とされない。だとしたら、どうして俺は生まれてきたのだろう。必要以上に悩み、とうとうスランプに陥った。
悩みを打ち明けた時、優絵はそれを笑い飛ばしてくれた。
「そんなに難しく考える必要ないんじゃない? 私は望の絵も好きだし、望と一緒にいるのも楽しいよ」
優絵の天真爛漫な笑顔に俺は救われた。俺はスランプを脱することができた。こうして描いた絵は、技法ではなく感性の部分が高く評価され、賞をとった。俺を導いてくれたミューズに惚れるのは必然だった。
「それ、信じてもいいのかよ」
しかし、俺は優絵と違って捻くれている。もし真に受けて告白して振られでもしたら生きていけない。だから、かっこよく決めることもできず、ついつい念押しをした。
「いいよ」
優絵はいつもと変わらない笑顔を向けて微笑んだ。覚悟が決まった。
「一生幸せにするから、俺と付き合ってください!」
◇
大学生にしては幼く拙い告白を優絵は宣言通り受け入れてくれ、俺たちは恋人になった。思い出して気恥ずかしくなり、つい子供のように言い返してしまう。
「あれは実質優絵からの告白だろ!」
「望だって、もはや告白じゃなくてプロポーズだったじゃない!」
優絵もまた子供の喧嘩のように言い返す。元々は友達同士から始まった恋愛ということもあり、俺たちの会話はいつもこんな調子だ。それは、こんな日でも変わらないということがおかしくて、愛おしくて、それに気づいた俺たちは顔を見合わせて笑った。
「約束守れなくてごめんな」
ひとしきり笑った後、ぽつりとつぶやいた。窓の外の自由の女神のはるか上空には不気味な影が見える。