はじめて飼い主を失ったのは、カーテンの隙間から冷たい外気が滑り込む冬のはじめのことだった。
 飼い主は物言わぬ写真となり、小さな額縁の中で静かに微笑んでいた。
 私は一日の大半を、彼女の笑顔を見つめて過ごした。たった数ヶ月という短い期間だったけれど、彼女とともにした日々のことを繰り返し繰り返し思い出していた。
 そんなある日、私の前に大男が現れて、私をひょいと抱き上げた。

「ヒロ。おいで」

 大男は私を、幼い男の子——〝ヒロ〟の前に連れてくると、その胸に私を抱きしめさせた。

「この子の名前はポム。今日からヒロの相棒だよ」

 大男が慈愛に満ちた声でささやく。
 そうか。この子が私の次の飼い主になるのか。
 随分と小さくて、守りがいのある人間だな。

「ポムはお母さんの友達なんだ。だからこれからは、ヒロが友達になってあげるんだよ」
「や、だ……。お母さん、が、いい……」
「うん、そうだね……。……そうだよね……」

 泣きじゃくるヒロを、大男が抱き上げる。私はヒロと大男の間で頭を潰されつつも、ぐっと首を曲げてヒロを見上げた。
 いつから泣いているのか、ヒロの目は真っ赤に腫れ上がっている。
 ヒロ。泣いてはだめだ。
 私は彼の手を掴んだ。
 彼は一瞬驚いたような顔をして、私を見下ろした。

「…………」
「ヒロ、ごめんな……。お父さんもお母さんも、ずっとそばにいるからね」

 人間とは儚いものだ。
 いつか必ず寿命が訪れる。永遠を与えられた私とは違う。人間の体はいずれ朽ち果て、この世界から消えていく。
 私にはわからない感情だけれど、人間は近しい存在を失うたびに〝寂しさ〟に襲われる。
 その運命を、こんな小さな体でも受け止めなければいけないというのはなんと酷なことだろう。
 ヒロは大男が夕食を作っている間、私をじっと見つめており、やがて胸に抱いた。

「……ぼくはヒロ。よろしくね、ポム……」

 涙が落ちて私の頭に染み込んだけれど、一向にかまわなかった。